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1: 人間七七四年 2007/07/13(金) 00:09:43 ID:hHJEd2W2
妻や姉のおかげでどん底から大名へと這上がった京極高次を語ろう。
姉松の丸、妻お初、弟高知、父高吉、母マリア、息子忠高の話題もOK

4: 人間七七四年 2007/07/13(金) 00:58:55 ID:B5TL+QB5
オヤジの京極高吉(佳)は、なかなかの人物だったよ。

5: 人間七七四年 2007/07/13(金) 02:32:14 ID:LLIV2uXH
何で蛍っつうの?

6: 人間七七四年 2007/07/13(金) 11:17:16 ID:ya7JNQhS
妻と姉の尻の光で出世したから。

9: 人間七七四年 2007/07/13(金) 18:33:13 ID:bFrTDwxN
京極て名前かっこいいな

11: 人間七七四年 2007/07/13(金) 18:58:58 ID:bGRXpTlh
嫁さん+美人の姉とで十四光りか。
蛍大名の名のとおり周囲の妬みがすごかっただろうな。

12: 人間七七四年 2007/07/13(金) 22:45:45 ID:ya7JNQhS
関が原での小早川の裏切りはよく語られても、この人の裏切りはあんま語られないね。
勝敗を大きく左右した武将の一人だと思うんだけど。

もし西軍に与したままで、西軍が勝ってたら、
秀吉、淀殿の義弟、秀頼の叔父、松の丸の弟って事で
(小浜なんて問題になんないくらい)大出世してたんだろうか。


27: 人間七七四年 2007/09/27(木) 03:10:31 ID:ppzTSM4W
>>12
しかし、何でまた突然裏切りしたんだろ?

29: 人間七七四年 2007/10/02(火) 22:02:46 ID:5+dlyEdX
>>27
家康から大津城の修復費として銀を貰ってたんじゃなかったけっか?

13: 人間七七四年 2007/07/15(日) 13:09:38 ID:lUKtdY5A
秀吉が死ぬときに、高次じゃなく妻のお初に知行を与えてるってのがな

14: 人間七七四年 2007/07/15(日) 13:57:36 ID:jrWwB87h
京極以外の足利家臣ってどんな人がいたの?

15: 人間七七四年 2007/07/15(日) 14:10:08 ID:wuOxpI9S
一色、六角、畠山とか各地の守護大名の一門が多いね

16: 人間七七四年 2007/07/15(日) 18:30:58 ID:i3sQ/A7i
本能寺の変の時に明智方につくと言う大物振りを発揮している。

17: 人間七七四年 2007/08/07(火) 14:18:35 ID:BTA1e32k
今更だが、京極は「高」が通字なんだな。

18: 人間七七四年 2007/08/07(火) 15:31:03 ID:qt7jlLDd
>>17
高は道誉以降だね
高も結構いるけど、足利将軍の偏諱を貰ってる人も結構いる

21: 人間七七四年 2007/08/22(水) 11:43:31 ID:XNBtc9sA
結局幕末まで家を残したんだから凄いよね

22: 人間七七四年 2007/08/22(水) 19:08:19 ID:g8GLSiCc
残ってるのって弟の末裔じゃなかったっけ?

23: 人間七七四年 2007/08/22(水) 20:07:42 ID:kp5Mrk3T
明智軍に組しておいて大名として生き残ったってかなり珍しい気がする

24: 人間七七四年 2007/09/02(日) 01:58:12 ID:tsO7TnPo
>>23
織田政権下で高次同様に冷飯食わされてた武田元明(松の丸殿の最初の夫)も
高次と同じく明智方へついて、結局丹羽長秀に殺されてしまうんだよな。
で、松の丸殿との間の2人の男子も行方不明(一説には木下勝俊になった
ともいわれるけど)。

それを考えると、運もかなりあったと思う。

25: 人間七七四年 2007/09/02(日) 02:15:50 ID:NXWOd8fP
本能寺の後勝家の元に身を寄せてたみたいだね。

28: 人間七七四年 2007/10/01(月) 17:07:34 ID:ythAeGTx
京極高次は三管領四職の京極道誉の子孫
関ヶ原の功で若狭一国を賜る(のち、出雲・隠岐)
弟・高知は丹後一国を賜り、京極家の威勢を回復させた

30: 人間七七四年 2007/10/03(水) 18:52:48 ID:y6P67DG1
みんな知ってる?
若狭・丹後の国主になった高次・高知兄弟の実母は、両国の真ん中(丹後側の青葉山麓)に住み、
若狭・丹後の息子達の屋敷を交互に訪問したんだって。
この時期には両国の間に関所もなく、誰もが自由に行き来出来たんだって。
京極家に若狭・丹後が与えられた感じですね。
戦功からいって、最前線の激戦地で戦った京極高知の加増額が、あまりにも少ないし。
もともと10万石なのに戦後12万石でしょ。

31: 人間七七四年 2007/10/05(金) 22:32:29 ID:nFqZIdqR
>>30
京極高知に戦賞として丹後若狭が与えられたが
高知が兄に若狭を譲った(幕府に働きかけた)という説がある。
毛利家と吉川家みたいに。
高次の家は、後に出雲隠岐に栄転だから、幸運の家だね。
幕末まで変わらずあったら、雄藩まちがいなしだったのに。

32: 人間七七四年 2007/10/05(金) 22:34:33 ID:J+Jwef2m
太閤の義弟、将軍の義兄ってのはすごいよなぁ。

34: 人間七七四年 2007/10/09(火) 23:38:45 ID:HzIOTXP6
名門中の名門に生まれ、嫁のコネがすごかったというそれだけで・・・
大名のまま、のほほんと暮らせたんだからすごいなあ・・・・・
下克上の乱世も彼には関係なかったのか・・・・

出自の貴賎、コネというのが現実的にはどれだけ大切かを
教えてくれる見本のような人ですねえw

38: 人間七七四年 2007/10/30(火) 16:23:29 ID:R1BhFWYB
出雲、隠岐への加増転封の理由はなんだろうか?
大坂の陣かな?
もしや毛利が関係する?

39: 人間七七四年 2007/10/31(水) 19:16:04 ID:CrY7/l3z
かんぜんに毛利対策でしょうな
同じく徳川家と親戚の
小倉の小笠原家(旧・信濃守護)とともに挟み討ち
名家に挾まれると、さすがの毛利家も、かなり見劣りするよなあ
しょせん成り上がりの家だなあって
尼子には勝ったけど
京極は、その主家だから
よけいに嫌味だね
でも徳川って名家好きだねえ

44: 人間七七四年 2007/11/02(金) 10:26:37 ID:lCxg6FCr
>>39
名家が好きというか名家を従わせる事によって徳川家・徳川幕府の権威を高めるのが狙いだったのだと思う。

40: 人間七七四年 2007/10/31(水) 20:42:40 ID:Fm0ZC0ka
まあ、先祖の旧領である出雲に戻れたことは幸運だな。

41: 人間七七四年 2007/10/31(水) 21:15:44 ID:xVtGx7mI
でも忠高に嫡子がいなくて減封されたんだっけ?
それでも、京極家は数家城持ちの藩がのこってるからラッキーなのか。

42: 人間七七四年 2007/11/01(木) 14:33:54 ID:C16B4HEZ
斯波、畠山、山名などに比べたらそうだね

43: 人間七七四年 2007/11/02(金) 10:19:57 ID:YS0aYfs4
忠高の甥が跡を継いだんだっけ。
しかし正室の初姫に子ができなかったのは、単に仲が悪かったからか?
初姫臨終の際、忠高は初姫そっちのけで相撲観戦に興じていたなんて逸話もあるし。
母親や姉妹達はたくさん子を産んでるのに、養母のお初同様姉妹で唯一子をなさなかったのね。

45: 人間七七四年 2007/11/02(金) 20:38:44 ID:CMDDYHNJ
大津城篭城の評価ってどんなもん??

46: 人間七七四年 2007/11/02(金) 21:14:40 ID:2CTVsBQr
>>45 小説「難儀でござる」に描写されてたまんまだと思う。

48: 人間七七四年 2007/11/03(土) 09:01:11 ID:mXkCIMlf
>>45 いい人だけど無意味な篭城を続ける我が殿

47: 人間七七四年 2007/11/03(土) 01:05:14 ID:jbOEnnVR
昌幸と比べるとこいつの過小評価っぷりは泣けるな。
まさ真田が単なる過大評価なんだけどさ

138: 人間七七四年 2009/04/14(火) 17:21:06 ID:tFS3GMou
>>47
昌幸・・・徳川の主力3万を引き付ける。ついでに戦をしかけ数千をコテンパンに
高次・・・西軍の有力1万を引き付ける。普通に攻め立てられ落城

139: 人間七七四年 2009/04/14(火) 18:11:41 ID:rj5ZIGL9
>>138
おまい自分で篭城して攻め手が立花来てみろ
どんだけ怖いか

140: 人間七七四年 2009/04/14(火) 18:58:39 ID:cINHVfzc
>>138
立花宗茂・毛利秀包・毛利元康に攻められての篭城だぞ!
むちゃくちゃ恐いと思う!
よく頑張った方だと思うぞ
山陰地方の田辺城の場合とは比べ物にならない。
西軍の主力級が攻めてきたんだからな!
でも真田は大したものだと思います・・・

49: 人間七七四年 2007/11/04(日) 18:10:21 ID:E1w9WRi7
おとうとの京極高知は戦功の割りに関ヶ原後の加増高が余りにも低過ぎだよね
福島正則と並んで最前線の激戦地で戦ったのに。
もともと10万石なのに12万石の2万石だけの加増でしょ、なぜ?。

51: 人間七七四年 2007/12/20(木) 17:48:01 ID:RGZKBvXk
弟の高知率いる部隊はは大坂の陣でも多くの首級をあげてなかった?
普通に猛将っぽいな

52: 人間七七四年 2007/12/23(日) 12:27:50 ID:86i/pNml
■■
■■ ←京極氏の家紋

56: 人間七七四年 2008/01/03(木) 15:46:21 ID:HhmUl+Fp

京極氏は京極高次が近江大津6万石から若狭小浜8万4千石、ついで9万2千石の大名として出世し、さらに堀尾山城守除封後、出雲・伯耆24万石として御国司に昇格している

京極高知が信州飯田10万石から12万石へ加増。
一族併せて分封してる

62: 人間七七四年 2008/03/04(火) 22:44:44 ID:NS7NRYr/
今は河川改修工事で規模が縮小されてるけど、京極高次が築いた若狭の小浜城は名城ですね。
完璧な形で残っていたら彦根城にも匹敵する城じゃないかとも思う。
彦根城天守閣も京極高次の大津城天守閣を移築したものらしいですね。

66: 人間七七四年 2008/04/14(月) 22:49:15 ID:CIQwX+3X
この人の子孫で一番有名なのはおそらく峰山藩主京極高久だな
後の鬼十字ことサムライスピリッツ零のラスボス兇國日輪守我旺である

68: 人間七七四年 2008/04/15(火) 09:33:31 ID:moe9kbPy
立花・元康の一万五千がいれば西軍全壊回避できた事考えても
両川を落とした黒田・脇坂以下を絡めた藤堂より重要だよなぁ

結果的に東軍版真田昌幸となって関が原を決した訳で
今後再評価を受けると嬉しい所

69: 人間七七四年 2008/04/19(土) 13:13:14 ID:2r1rXhcM
西軍の立花が関が原の主戦場に配置されていれば
西軍はもっと粘れたと思う。

70: 人間七七四年 2008/04/26(土) 22:08:59 ID:y3ixAq5Q
どうでもいいけど、現京極本家の当主夫人は
三笠宮百合子妃の妹だったりする。
相変わらず閨閥が華やかな一族だ。

71: 人間七七四年 2008/04/30(水) 22:56:17 ID:ipOto7eX
400年経っても尻蛍か…

藤堂家も今頃
政財官の派閥を調子良く渡り歩いてんのかね

72: 人間七七四年 2008/05/19(月) 15:03:55 ID:58MwdcDB
尻蛍って言ってもな 滅亡同然からあそこまで盛り返した高次は大したもの。

74: 人間七七四年 2008/06/05(木) 23:40:23 ID:9tFTgqja
>>72
大したものです。
さらに出雲隠岐に出世した京極家はスゴい。出雲隠岐飛騨は京極の旧領でしょ?。

84: 人間七七四年 2008/08/12(火) 06:30:10 ID:iWfyHGdS
京極さん好きなので人気出て欲しいです

92: 人間七七四年 2008/10/13(月) 20:01:35 ID:8grONAxi
京極家なんて鎌倉の評定衆やら
室町の侍所別当輩出してるから
並の守護大名とは格が違うよね

94: 人間七七四年 2008/10/15(水) 18:26:49 ID:Hhq+JGDP
京極兄弟(高次・高知)って、どっちも貴族とか名家の生まれって感じの人じゃないよね。良い意味で。
両方好きだけど。

95: 人間七七四年 2008/10/15(水) 20:51:11 ID:V9bqqnpx
逆に言うと、そんだけ落ちぶれてたんだろうかな

96: 人間七七四年 2008/10/16(木) 00:01:57 ID:XVGcC3yT
そういう貧乏臭い(落ちぶれた)エピソードって伝わってるの?

97: 人間七七四年 2008/10/20(月) 00:28:56 ID:ZD/8RBGc
親父は生活困ってるのに「百姓でのお前なんかに娘やらん」って
一度断ったり信長と義昭で最終的に実利ある織田より義昭についたりしてるし
幕府の名門のプライドだけは保持してた模様
(時勢を見る目がないともいえるが)
まぁそう考えると貧乏しててもあまり貧乏くさいエピソードないかも
親父の教育方針がこういう感じだったら

98: 人間七七四年 2008/11/07(金) 17:41:26 ID:38M6vzg/
名門生まれにしてはずいぶん数奇な一生だよな高次。
面白い人物なのにイマイチ注目されないなあ。残念。

112: 人間七七四年 2009/01/28(水) 23:28:43 ID:72HKVONJ
情けないダメ夫・・・っていうイメージではないんだけどなあ俺は。
バカにされながらも大舞台で手柄を勝ち取った・・・ってドラマチックな人だと思うんだけど・・・。
この人って一般的なイメージはあんまり良くないのかな。

118: 人間七七四年 2009/01/30(金) 03:04:53 ID:bCutkXgV
>>112
決してダメ男ってことは無いと思うんだけどね。
うまく勝ち馬に乗れない感はあるけど。

113: 人間七七四年 2009/01/29(木) 00:04:01 ID:vFQdvneh
大津で15000釘付けにできたのは大きいよな。
開城したとは言え東北で上杉を足止めした最上、九州で一暴れしら如水に匹敵する軍功だと思うよ。
家康も似たような評価した訳だし。(尤も近江30万石を辞退するんだがww)

114: 人間七七四年 2009/01/29(木) 08:12:34 ID:g29orYge
ボンボンだが、泥水啜りながら必死に生き残った人って感じで
寧ろカッコイイと思うが、流行らないタイプ・主人公にはなれないタイプだとは思う

しかし祖先は婆娑羅でやりたい放題だったのになぁ

115: 人間七七四年 2009/01/29(木) 09:39:36 ID:rXqCrl09
長期籠城した挙げ句に勅使がやってきた細川幽斎のような開城の仕方があるだけに
この人のダメさが際立つのが可哀想。
まー攻手が勇猛な立花宗茂なら仕方がないけどな。

124: 人間七七四年 2009/03/16(月) 22:16:42 ID:EBs8Z2RW
敦賀・小浜の湊を含めた若狭・越前敦賀郡の領有を許された京極氏は
旧領の近江湖北を貰うよりも良かったと思う。
湊で金が入る割には石高が低いから軍役も少ないし。

125: 人間七七四年 2009/03/21(土) 17:37:39 ID:CBLQK1vv
でも兄弟で、丹後若狭という近畿周辺の国を続けて賜るというのは
徳川家康から凄い信用されていたんだろうな。
数ヶ国知行というのは池田氏並か、それ以上だろう。
さらに京極高次の子孫は出雲・隠岐・石見に加増転封だろ。
出雲なんか室町期の京極氏の本国じゃん、凄いよ全く。

220: 人間七七四年 2011/05/20(金) 17:18:26.59 ID:cKaKN/Bg
秀吉にとって京極家は、自分の箔付けの為にもよい名門家
京極龍子を側室にし、更に茶々を側室にして、その妹を京極家に嫁がせれば
更によい箔付けって魂胆だったんだろうな

223: 人間七七四年 2011/06/12(日) 22:54:22.29 ID:RdbBNFfk
>>220
秀吉の根拠地(初めての大名の領地)が北近江だから家臣の少ない羽柴家としては浅井家や京極家
の浪人を多く羽柴家に雇用したはず。家臣からの忠誠心を得るためにも浅井や京極の血を羽柴家に
入れたいのは領主として当然といえる。
実際に旧浅井家家臣が一番忠誠心が強かった。

224: 人間七七四年 2011/06/16(木) 23:21:36.86 ID:dpzFboOD
京極家再興した後、旧浅井家臣の人たちも多く入ったのかな
だとすると再興後は、京極・浅井連合軍みたいになったのかな

225: 人間七七四年 2011/06/17(金) 14:10:36.20 ID:1RafdOlE
佐々木京極家を滅ぼしたのが浅井だからなあ
六角ならまだ分かるけど

229: 人間七七四年 2011/07/18(月) 23:52:24.37 ID:fsCVF6t5
滅ぼしたのは語弊がある
もともと京極家は内紛がおおい家で、京極騒乱とも言われていて
高次の父、高吉が兄高広と家督争いをして、浅井家も高広支援 高吉負けて追放
その後、高広も浅井と戦い浅井家勝利 京極家は支配権を失う って感じ?


232: 人間七七四年 2011/07/26(火) 00:22:12.58 ID:o3NPGuPP
高次は秀吉にヘコヘコして京極家再興したと色々書かれるが
内心秀吉を利用して再興したったわ! くらいの腹黒さのある人にも見える

233: 人間七七四年 2011/08/15(月) 21:33:07.04 ID:LNrrdclm
京極さんは、名門だし現代までお家続いているのに
なぜ逸話とか史料とか少ないんだろう 兄弟揃って好きなのに

1111: 過ぎたるは及ばざるが如し1600/10/21(水) 00:00:00.00 ID:rekichiho
引用元;http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1184252983/