20140817233302


有岡城の戦い


1: 人間七七四年 2010/12/03(金) 17:41:50 ID:h7Z7C6Ck
妻子を見捨てて逃亡した彼ですが反省はしていたようです

2: 人間七七四年 2010/12/03(金) 20:57:05 ID:ed/cnG2b
自虐野郎乙

8: 人間七七四年 2010/12/16(木) 23:06:29 ID:v1W8g+r0
家臣が可哀想

11: 人間七七四年 2011/01/09(日) 15:05:36 ID:9XGxCYrO
しかし何で生き残ったんだろうな。あそこで死んどけば評価も上がっただろうに。

12: 人間七七四年 2011/01/12(水) 14:10:43 ID:IorcAiap
「戦国期三好政権の研究」で、荒木村重の謀反は村重の決断というよりも
領民からの突き上げによる行為だったこと。
花隈城への移動は純粋に戦略的な理由からのこと。
村重が毛利に救援要請にいったあとも戦争を継続した主体は領民たちだったこと、
さらにこの、領民たちによる反織田行動は、本願寺などの扇動ではなく
摂津領民の自主的な蜂起だったこと、などが考察されていた。

領民というフィルターを通してみた戦国大名像はかなり面白かった。

15: 人間七七四年 2011/01/26(水) 15:35:44 ID:XaITnNDK
>>12
荒木は被害者だよね…なんで謀反したかわからないとか、黒田如水を捕らえたとか
領民国人たちの意志であって荒木の意志じゃないよね。

18: 人間七七四年 2011/01/28(金) 21:22:17 ID:L0qlrjT2
>>15
でも逃げたのは変わらないし国人抑える力量もなかったって事だよね
いくら何でも黒田捕らえて閉じ込めるのまでは国人のせいじゃなくて荒木の私怨だろう
被害者面しても足使えなくなったり子供殺されかけた黒田が可哀想
国人の言いなりになってたヘタレなのか信長に一度は従ったけど嫌になったから裏切った気骨ある奴なのか
どちらにせよ一族見捨てて一人逃げたのは薄情者すぎる

33: 人間七七四年 2011/11/01(火) 14:14:30.06 ID:8HiaoLBb
>>12
ポピュリズムに走っちゃったてこと?

48: 人間七七四年 2011/11/05(土) 22:31:33.35 ID:fX1+ak6T
>>33
単純に領民の不満を放置したら大名としての存続が危ういと判断したのだろう

13: 人間七七四年 2011/01/12(水) 17:58:33 ID:86NVnTYG
池田勝正に取って代わった

52: 人間七七四年 2011/11/06(日) 09:30:28.38 ID:7I+cZwYv
池田勝正も知正も村重も市民に首を挿げ替えられてるだけ
都市国家の市民が指導者を選出してるようなもんでしょ。

54: 人間七七四年 2011/11/06(日) 10:15:32.12 ID:M2pfJRlb
責任を取る必要がない民衆のほうが好戦的な時もあるんだな
今も昔も

56: 人間七七四年 2011/11/06(日) 12:37:31.40 ID:nhorEP+V
池田追放も荒木が領民と通じて行ったもの、と考えるべきだろ

58: 人間七七四年 2011/11/06(日) 17:38:54.06 ID:Y4W8iLl3
本願寺や毛利も後援してたし。
天皇の和睦斡旋で時間稼ぎをしてるうちに
中川や高山の調略に信長が成功しなければ、
織田は丹波戦線も崩壊する可能性もありやばかったのも事実。

69: 人間七七四年 2011/11/08(火) 02:06:30.27 ID:V4+eTLkU
荒木って結構可愛がられてたのに
なんで謀反したんだろうな?不思議だわ

70: 人間七七四年 2011/11/08(火) 10:10:07.85 ID:7xm63Som
もともと離反癖があるやつじゃん

71: 人間七七四年 2011/11/09(水) 08:49:25.78 ID:IkqC3kJO
和田親子殺したり
松永同様に
面従腹背の見本みたいなやつらだ。
しかし松永も大和国における
反筒井の領民の意向であり
久秀の意思は関係ないのかも知れない。

59: 人間七七四年2011/11/06(日) 21:14:50.51 ID:uoDdFOSJ
池田勝正も荒木村重も信長の度重なる出征の犠牲者ということなのか。 
それとも矢銭が問題?

75: 人間七七四年 2011/11/13(日) 19:05:06.40 ID:OX7wcNGi
信長は家臣にすべて丸投げで
ロクに内政をやらんから
松永や荒木らが
在地支配を続けることが可能だから面従腹背してる。
実際に信長が彼らを支配していたというのも難しい。
彼らは自分に都合がよい時や劣勢の時だけ、
信長に味方顔しただけ。

77: 人間七七四年 2011/12/11(日) 12:16:05.38 ID:HKYURfLF
信長が無理な動員を要求しすぎて、
松永や荒木は国人たちの突き上げをくらってたんだろうな。

78: 人間七七四年 2011/12/12(月) 01:29:00.59 ID:WhvTvc1Y
配下の国人たちが細川三好時代みたいに幕府を介した同盟者きどりでいたら
完全に部下扱いでこき使われてぶち切れあたりが真相だろうとは言われている

79: 人間七七四年 2011/12/12(月) 02:03:52.11 ID:WccinQ+F
村重謀反の時摂津の惣村は、村重敗亡後も織田軍と戦い続けているので、
信長の搾取は惣村レベルで非常に過大なものだったことがわかる。

80: 人間七七四年 2011/12/12(月) 15:35:06.11 ID:XLNc+V27
あれだけ多方面で戦を継続してりゃ、兵糧も兵士も欠乏するわな。

82: 人間七七四年 2011/12/19(月) 23:31:17.10 ID:1ED4TY0J
ここでの信長の戦後処理の方法がどうも理解できない。
人を指図する身分の妻子は全員極刑の磔(長槍串刺し・
長刀腹裂・鉄砲縦銃創)に処せられているのに、村重一族
は、殆ど京で一番楽な死に様の斬首刑である。
本来ならば、見せしめに村重一族を磔に架けるべきだと思う
のだが、皆様はいかがでしょうか。

85: 人間七七四年 2011/12/30(金) 13:57:46.05 ID:E33jn4C3
>>82
>>京で一番楽な死に様
公記がウソを書いてるだけ
実際は群集を呼び集めた上で
六条河原で車裂きの刑で殺害してる。

86: 人間七七四年 2011/12/30(金) 17:16:13.08 ID:uTCVrNwi
>>82
市中引き回しの上で、ってのが大きいんだと思う。

>>85
フロイス日本史にも同じ事書いてあるからそれはない。

96: 人間七七四年 2012/01/03(火) 01:17:06.26 ID:9RHn+wir
82です
多くの皆様方の理に適った推察ありがたく頂戴致します。
どちらにしても、村重の裏切りと武将らしくない行動が
信長を烈火の如く怒り狂わせ、多くの人質達が極刑に処
せられた事は明らかだと推察致します。
ありがとうございました

122: 人間七七四年 2012/09/08(土) 02:36:57.00 ID:sHnvRKDy
うちの先祖がこの人で幽斎の田辺籠城に付き合ったらしんだが・・
ちなみに丹後国加佐郡

126: 人間七七四年 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:cO7JCZ6i
道糞ってあんまりだろ。自分で付けたのか?

127: 人間七七四年 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:TdjXKN36
>>126
そうだよ。秀吉がそれ聞いてあんまりだからと道薫に直させた

131: 人間七七四年 2013/12/03(火) 23:52:57.51 ID:1mX2wyhN
官兵衛から村重に宛てた書簡発見のスレが立ってないな。

132: 人間七七四年 2013/12/04(水) 06:36:28.52 ID:nvSWl66j
官兵衛、幽閉への遺恨なし? 荒木村重への書状確認

兵庫県伊丹市は2日、来年のNHK大河ドラマで描かれる戦国武将・黒田官兵衛が伊丹の武将・荒木村重に宛てた書状を確認した、と発表した。 ともに織田信長の家臣だったが、村重は信長に反旗を翻し、説得に訪れた官兵衛を有岡城に幽閉。

“敵同士”のイメージが強いが、有岡城落城4年後の書状からは、豊臣秀吉の下で協力する2人の姿が浮かび上がる。 同市によると、書状は京都市の光源院所蔵で、1583(天正11)年11月12日付。 光源院は当時、現在の鳥取県にあった領地を地元豪族に奪われたため、秀吉に茶人として仕えていた村重に調停を願い出ていた。
村重は、中国地方の領地問題を担当していた官兵衛に意見を求めたとみられ、この書状は官兵衛からの返事。

解決への協力を約束した上で、「(秀吉の)お供で姫路においでになると思っていたが、おいでにならず残念。機会があれば会うことを考えている」などと記されている。 書状の存在は昭和初期の歴史書に記載されていたが、検証されたことはなかった。 神戸女子大の今井修平教授(日本近世史)によると、所蔵の書状は原本の写しで、村重が光源院へ送った可能性があるという。 今井教授は「幽閉後の2人の交流を示す唯一の史料。官兵衛は非道な扱いをされた印象があるが、両者には一定の信頼関係があったことが分かる」と分析している。(太中麻美)

http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201312/0006542207.shtml
http://www.kobe-np.co.jp/news/bunka/201312/img/b_06542208.jpg
黒田官兵衛から荒木村重(茶人名・道薫)に送られた書状の写し(光源院所蔵)

141: 人間七七四年 2014/09/29(月) 10:33:27.59 ID:JmDKH5hG
裏切りといっても林秀貞と違って織田家譜代の家臣ってわけでもない

142: 人間七七四年 2015/03/01(日) 21:18:25.48 ID:TZJErqGe
道糞にはハイセンスすぎて吹いた

140: 人間七七四年 2014/07/20(日) 11:38:18.07 ID:bk+xBssH
村重は本当に反省してたんかね
秀吉の悪口言って処刑恐れて逃げた時、再婚していた妻を同じように見捨てたという逸話があるし
真偽は分からんけどな