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1: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/27(金) 17:30:40
戦国武士に同等の武器を入手され、地続きで攻め込まれたら
瞬く間に、全ヨーロッパが征服されていただろう。

2: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/27(金) 17:40:19
欧州の騎兵に負ける

3: 名無しさん@お腹いっぱい2007/04/27(金) 19:07:46
平地や丘陵みたいな騎兵に有利な地形が多いからなあ。

4: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/27(金) 21:21:31
金銀の産出量にあかして良馬を買い込むだろう

6: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/30(月) 08:39:44
オスマントルコ帝国に攻め込まれ滅亡だろ。

7: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/02(水) 22:03:31
米が作れないから負ける

9: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/03(木) 03:29:14
周囲キリスト教国ばかりだから
十字軍編成して、連合国で日本討伐しに来るんじゃね?

10: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/08(火) 16:48:34
ヨーロッパは人口少ないだろう
日本の人口に圧倒されてたんじゃね?

24: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/07/09(月) 01:50:07
>>10
1600年当時、日本が1200万人。ドイツと同程度ですね。
フランスが1850万人で、ウラル以西の総人口1億の中では最大です。
イングランドが600万人。
兵力でいえば、フランスと争っていたスペインが総勢15万人で最大。
17世紀前半中には各国・地域も15万人を揃え、17世紀末にはフランス
の兵力が40万に達しています。
スペインの兵力が15万人に達したのは16世紀中ごろで、15世紀末には
2万人足らずであったものが急増したものです。

25: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/08/22(水) 01:44:18
>>24
その時代だとまだドイツとかフランスとか統一されてないんじゃ?
その点では諸大名に分かれてる日本も同じだが。

そう考えると、外国勢力と結ぶ大名なんかも出てくるのかなぁ。
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11: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/08(火) 22:39:27
ヨーロッパって何気に緯度高い土地で寒冷だから稲作が凶作で石高不足で武装解除orz

12: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/08(火) 22:50:29
中世期のヨーロッパは小麦の収穫率も相当酷かったらしいね
嘘か真か一粒の麦が5~6倍にしかならなかったとか
日本から見れば毎年が大凶作レベルだな

16: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/10(木) 23:20:51
米は水田でなくても育つし
粟や稗なら寒くても全然OK

17: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/10(木) 23:34:56
「明日から水稲を止めて陸稲にしろ!」なんて無茶が通るとお思いですか?

18: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/11(金) 00:03:02
百歩譲って陸稲を作るにしたって相当の降水量が無きゃ作れない。
粟や稗じゃ兵士の給料にすらならない。という訳で終了

19: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/05/11(金) 00:39:30
粟や稗で戦ってくれるお人好しの足軽がいりゃぁいいけどなw

33: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/09/06(木) 08:31:16
信長の鉄船を追及していけば、イギリス・スペインあたりに匹敵する海軍ができたかもな。
でも秀吉・家康は、あんま制海権の意識ない武将だったから、どうにもならんかっただろうな。
イ・スンシンあたりを取り込んで亀甲船を基本装備できれば、キャプテンドレイク並に
暴れられたかもね。まあ鉄砲の量はずば抜けてたみたいだからアジア最強ではあったかもな。

29: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/09/03(月) 02:20:48
信長の鉄船の前には、欧州海軍など無力。

73: 名無しさん@お腹いっぱい 2016/08/29(月) 23:28:42.21
>>29
すぐ錆びて使えない鉄甲船じゃね

38: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/10/03(金) 22:38:32
当時の日本は銃を使用する場面以外では殆ど単なる乱戦しかしていない

日本の武士団はカラコールやられたら易く瓦解するだろう
カラコールを防ぐには
陣前に砲列並べ一斉射撃するか
グスタフ・アドルフが行ったように騎兵隊の騎銃で敵より早く一線一斉射撃し
敵の戦列がそれにより乱れたところを抜刀突撃で奇襲し敵を潰滅させるしかない

しかし戦国時代に至っても日本の武士団には独立した騎兵部隊は存在しないし、その部隊戦術もない
そもそもそれ以前に去勢技術も馬蹄技術、ギャロップを可能とさせる馬具も全く存在しない
しかも異常に重装備で重い騎馬武者が体高120~140cmのポニーサイズの馬に乗るため
欧州やムスリムの騎兵やユーラシアの遊牧民と騎馬武者が互角に戦えるとは到底考えられない

おそらく通常の歩兵主体の戦いでも画一化された銃撃後、乱戦に持ち込むしか能のない武士ではテルシオ陣形は破れない

51: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/16(火) 20:42:26
>>38
カラコール戦術なんて全く役に立たないよ。
ただでさえ有効射程が槍よりも短く(5m以内)命中率も粗悪な当時の銃を、
安定しない馬上で特に狙いもつけず一斉射して後退。
所詮は傭兵中心で死者が極端に少ない(というか落馬による1名のみなんて例もある)、お遊戯時代の産物。
それを駆逐したのがグスタフ・アドルフの騎兵による切り込み戦術。
何のひねりも無い古風な戦術だが、騎兵の機動力と衝撃力を生かすのはこれが一番だった。

44: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/04/12(日) 17:33:45
日本に騎馬戦がなかったとかいってるけど
馬上打ち物が廃れたのは戦国時代、応仁の乱より以前は騎馬戦中心だよ

48: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/04/13(月) 14:35:27
ルイス・フロイス
武士階級の食生活は、どの階級よりも質素である。
多くは菜食主義で、下は雑兵といわれる足軽から大名に至る迄、少食・粗食であった。
また着ている物も、普段は木綿の粗衣であったがヨーロッパ人に比べ暑さや寒さに強かった。

武士は戦いにおいて強靱振りを示した。
徒歩の下級武士は、全身に重い甲冑を着け、恐るべき早さで野山を駆け走りあるいは駆け登った。

騎馬侍という一ランク上の階級も馬術に長けているばかりでなく、体躯そのものが強靱であり、
脆弱な我々ヨーロッパ人と違い落馬してもそれで滅多に死ぬことはなかった。
また、敵に、一旦は馬から引き摺り落されても、掠り傷もせず再び騎乗し直すことができた。

刀で斬られても、あるいは槍で突かれても、傷が致命的な深手でない場合、その傷は直ぐに治り、それは不思議なくらいであった。

49: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/04/14(火) 02:19:23
「すべてのサムライは、幼少の頃から、槍や刀による肉弾戦闘を教わっている。
我々が通った一つの区だけでも、乗馬や剣術を教えるために作られた二箇所の馬場と数箇所の建物が存在していた」

「日本の貴婦人に対してさえ、武術の教習所が存在している。
彼女らの武器は、ポーランドの鎌にちょっと似たところのある湾曲した槍(薙刀)である。
彼女らは、それを刃の方を下にして持ち、一定の法則に従って扱うのだが、
身振りと調子を合わせた動きは、立派なバレエの主題になりそうである。
半開きになった門の隙間からこっそりと覗いていたが、
この均整のとれた見物を長く観賞することはできなかった。
同行の役人たちがその門を閉め、婦人の武術の稽古を第三者が見物することは
この国では許されないと、説明したからである」


「LE JAPON ILLUSTRE」 エメェ・アンベール 

26: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/09/03(月) 00:42:50
カソリックと新教とか
ヨーロッパに分裂の芽がある限り付け入る隙はある

27: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/09/03(月) 01:00:12
無理だろ。 長篠の60年前に、既にああいう鉄砲戦術が確立されてるんだぞ。
海軍だって、既に船の横舷に大砲並べてるレベルだし。



引用元;http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/nanminhis/1177662640/