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1: 人間七七四年 2008/08/29(金) 20:34:50 ID:/tFttwQy
そうです。直茂野スレなのです。

5: 人間七七四年 2008/08/29(金) 21:01:14 ID:CLxA5PH5
この人やたらゲームだと能力高いけどそんなに凄いことやったの?

6: 人間七七四年 2008/08/29(金) 21:06:54 ID:bhFSpqX3
・今山の戦いで竜造寺を勝利に導く
・沖田畷後の竜造寺家を滅亡の淵から救う
・簒奪成功

後は何かあったの?

8: 人間七七四年 2008/08/30(土) 03:27:47 ID:/zveb9am
>>6
それでも充分すげーだろww

9: 人間七七四年 2008/08/30(土) 10:11:04 ID:qx7hvA8j
大軍はかえって油断して逆に破りやすいんじゃないかな。

10: 人間七七四年 2008/08/30(土) 11:19:33 ID:tNzXIThI
>>8
まぁそう言われるとそうだったな
大名家を乗っ取るには十分な功績だ

>>9
お前がやってみろwwwwwww

11: 人間七七四年 2008/08/30(土) 13:45:15 ID:k9v7a/E8
活躍と言えば朝鮮出兵にょろよ。

17: 人間七七四年 2008/09/05(金) 09:28:50 ID:opip0/Jp
島原の乱での功績は?

20: 人間七七四年 2008/09/07(日) 10:38:39 ID:JNRDa2r2
直茂の鑓捌きはかなり早かったそうだ。

29: 人間七七四年 2008/09/14(日) 18:55:45 ID:yiAP4/TZ
家宰として、小早川隆景とか直江兼続とかと同じような評価を秀吉にされていたとか。
器は小さいが、知恵と勇気は一級品だとか。・・・微妙に当てはまるような。

30: 人間七七四年 2008/09/15(月) 00:49:05 ID:f8yVlZrA
>>29
天下の三陪臣の逸話ですね

秀吉曰わく、
「天下は大気、勇気、知恵、この三つさえ備わっていれば難なくとれる。
陪臣の中でこのうち二つまで身につけている者がいる。
小早川隆景、直江兼続、鍋島直茂の三人である。しかし、
隆景は大気と知恵は有るが勇気に欠ける。
兼続は大気と勇気は有るが知恵が足りない。
そして直茂は勇気と知恵は有るが大気が無い。
このうち一つでも欠けていれば天下はとれぬ。」

48: 人間七七四年 2008/09/25(木) 10:20:21 ID:+kyf/zyk
>>30
天下の三陪臣は小早川隆景、直江兼続、堀直政だろ。

なんで勝手に鍋島を入れてんだよ。

53: 人間七七四年 2008/09/26(金) 00:20:26 ID:86TEzcAE
>>48
龍造寺四天王みたいなもんだ。
直茂を入れる説も直政を入れる説もある。

31: 人間七七四年 2008/09/18(木) 11:59:53 ID:vw22k5yF
何気に陪臣の中では一番の勝ち組か…。

36: 人間七七四年 2008/09/20(土) 00:08:16 ID:nP8k5rh3
>そして直茂は勇気と知恵はあるが大気が無い


そうか?肥前を乗っ取った張本人なんだが…

37: 人間七七四年 2008/09/20(土) 05:26:36 ID:lxFzMifI
まあ仮に野心で肥前を乗っ取ったとしても、結局はそこで終わりじゃん直茂の場合は。
中央進出や地方統一に乗り出すこともなく所詮田舎のローカル止まり。

40: 人間七七四年 2008/09/20(土) 21:51:46 ID:NFx8OwhM
最後まで龍造寺を立ててたから野心が無いのはわかる

41: 人間七七四年 2008/09/20(土) 22:21:02 ID:guqjN70R
むしろ竜造寺の皆さんが面倒事直茂に押し付けて
自分らはそれなりに権力のある親類格として収まった
なんてことを言われたりもするけどね。

43: 人間七七四年 2008/09/21(日) 21:28:20 ID:nJP9jiPI
直茂の簒奪は詰め将棋のような見事さがあるな。
とはいえ、それゆえ竜造寺が延命したともみるべきかまもな。
精々10年程度だたけど。

44: 人間七七四年 2008/09/21(日) 22:27:40 ID:S5qJqkOU
その詰め将棋の繊細さが大気がない部分なんだろうな
多少強引でも後に傷が残っても踏み込む度胸がないと天下はとれんと秀吉さんは言ったのだろう
別に誰もが天下を望む訳ではないが

45: 人間七七四年 2008/09/21(日) 23:11:05 ID:inejHSIt
龍造寺=鍋島の関係は特異というか奇妙とういうか・・・
何にしても、切っても切れない関係だから
天下盗りにはどちらの家も欠けて無いことが必要条件かなと思う

46: 人間七七四年 2008/09/22(月) 01:20:31 ID:sX002wdZ
というか、状況が悪すぎる。
直茂が実質的に龍造寺家を乗っ取ったのは沖田畷で隆信が戦死した後なんだが、
その後は島津に半従属化してるし、秀吉の九州征伐があったりで家の存続に手一杯だったのだろう。
天下取りに乗り出すタイミングなんか無かったのでは?

47: 人間七七四年 2008/09/22(月) 05:49:45 ID:oqpiiboX
大友勢力に近接していたのが運の尽き
反大友を貫き勢力を拡大したのは見事だけど強い猜疑心と慢心が身を滅ぼした
沖田で有馬や家久を討ちとっていたとしても九州統一は無理
その前に肥後で手間取る、赤星あたりに

50: 人間七七四年 2008/09/25(木) 19:31:28 ID:8Zz1VnGW
龍造寺時代の鍋島氏は自前の城って持っていたの?

51: 人間七七四年 2008/09/25(木) 21:15:24 ID:3AU0AhWQ
柳川城

52: 人間七七四年 2008/09/25(木) 23:09:35 ID:8Zz1VnGW
>>51
ありがとう
でも柳川城は天正九年まで蒲池氏の城だったと思う。
入城したのはその後だよね。

58: 人間七七四年 2008/10/18(土) 12:53:00 ID:VIpc47es
立花宗茂との確執は溶けた?

60: 人間七七四年 2008/10/23(木) 23:36:35 ID:F984NpMk
>>58
奴はそういう遺恨はあんまり引きずらないことで有名だから・・・

115: 人間七七四年 2009/04/05(日) 14:08:48 ID:y67U7qAZ
>>58
宗茂と腐れ縁なのは龍造寺家晴の方だな。
関ヶ原での柳川攻めにも家晴は参加してるし。

62: 人間七七四年 2008/10/25(土) 22:24:32 ID:JmslW3GB
鍋島も一緒に戦ってくれたら島津もあんな早く敗れなかったのに。
おまいはイタリアか

99: 人間七七四年 2009/02/11(水) 10:51:46 ID:aefh8R4j
>>62
鍋島が島津のために頑張ればというか、不利な状態で時間稼ぎしただけで
直茂は大阪で秀吉に会い、島津攻めに協力すると申し出ている

63: 人間七七四年 2008/10/31(金) 14:59:44 ID:w4eUOizU
息子の勝茂はゲームでも低評価だな。
島原の乱で結構やったのにな・・・。

69: 人間七七四年 2008/11/12(水) 11:01:09 ID:qjVWpO00
化け猫のタタリ

71: 人間七七四年 2008/11/13(木) 07:21:10 ID:2AhTGECl
隆信と直茂は一応義兄弟の契りを結んでた

72: 人間七七四年 2008/11/16(日) 00:07:11 ID:fzet8mNn
隆信はバスク、直茂はシロッコって感じだな。

83: 人間七七四年 2009/01/15(木) 16:29:02 ID:SWyi5VvV
主君死んで得した家臣。
@真田が成功した罠

84: 人間七七四年 2009/01/15(木) 22:48:40 ID:H6p7VZOu
しかし、佐賀藩の実権を握ったのは龍造寺一門だったりする。

85: 人間七七四年 2009/01/17(土) 03:42:29 ID:j5fSDnFy
>>84
諫早家や武雄家などは鍋島藩の政治の中枢にいるし、藩主家も
藩内の一門や龍造寺ファミリーに気を使わねばならず、直轄領が
少なくなってしまっていたというしな。

156: 人間七七四年 2009/11/21(土) 06:02:10 ID:K5wGaCtC
>>85
諫早領は表向きは1万2千石だけど実高は10万石と言われていて、
貧乏大名家というのは建て前で、諫早家は
本当は物凄く裕福だったらしい。
また、諫早家は前領主・西郷氏の政策を継承して善政を敷いていて、
移封当初は西郷氏再興の一揆を起こすなど
諫早家に反抗した領民も、諫早家を名君と慕う様になったそうな。

88: 人間七七四年 2009/02/02(月) 19:22:42 ID:ajtBjnz0
石高の割には動員兵力がスゴいんだよな鍋島
関ヶ原の時の筑後攻めでも三万以上動員してるし

91: 人間七七四年 2009/02/07(土) 15:08:27 ID:CQEzuzfq
>>88
実際の筑後攻めの動員兵力は、大体2万人ぐらいらしい
それでも1万石当たり550人ぐらい動員した計算になるが。

89: 人間七七四年 2009/02/04(水) 01:07:50 ID:M7tLJolk
浪人かき集めたんじゃないの?

90: 人間七七四年 2009/02/05(木) 00:27:34 ID:crNyGffC
六十歳までの強制労働だよ。杖突ながら出かけた老人もいただろう

92: 人間七七四年 2009/02/08(日) 08:57:48 ID:4vkPR2sz
維新、明治で獅子奮迅の役割を果たす大隈を
輩出した気風を育んだのが一番の功績か

大隈自身は、それらを尊重しつつも、時代的には
葉隠れクソ食らえだったらしいけれど

94: 人間七七四年 2009/02/09(月) 12:01:27 ID:ynkZ7HII
大隈、江藤、大木、副島は鍋島に見切りをつけて脱藩し活躍した。
薩長土肥の肥はおまけで鍋島自体は維新に後向きだった。

96: 人間七七四年 2009/02/10(火) 11:03:07 ID:NiwxS0z7
どちらかというと技術的な方向に特化した藩だった気がする
政治や軍事の美味しいとこは薩長に持ってかれたような

100: 人間七七四年 2009/02/11(水) 11:18:15 ID:RVIaLl8y
所詮、風見鶏的な男だった

101: 人間七七四年 2009/02/11(水) 19:32:35 ID:AKQwGBPL
風見鶏どころか一貫して反島津だろ

102: 人間七七四年 2009/02/11(水) 19:39:26 ID:NbkmAl7c
直茂と秀吉は昔からつながっているから
島津に味方することはないな。

106: 人間七七四年 2009/03/09(月) 17:08:07 ID:2k/H8Rkm
筑後攻めは、あわよくば領有化狙ってたよな鍋島さん
役目済ましで送る兵数じゃない

127: 人間七七四年 2009/06/30(火) 19:48:49 ID:UDiKZJ5l
>>106
関ヶ原の戦いが終わった後の出兵だから、領有化なんて無理。
それに、宗茂は柳川城に籠城していた訳で、
兵力はいくらあっても不足はない。

107: 人間七七四年 2009/03/09(月) 20:10:30 ID:Fb5xaO1b
沖田畷で直茂が先鋒だったらねぇ、みすみすあんな惨敗はしなかったか?

109: 人間七七四年 2009/03/11(水) 01:33:20 ID:kjFdOC4j
>>107
勝ったとしてもクマが当主のままじゃ内乱おきまくって結局自滅してたんじゃないだろうか・・・

108: 人間七七四年 2009/03/11(水) 01:22:10 ID:+kRM6bzt
直江の次は鍋島直茂が大河ドラマ化だな

110: 人間七七四年 2009/03/13(金) 21:49:04 ID:jj0iFRMM
>龍造寺=鍋島の関係は特異というか奇妙とういうか・・・

鍵を握ってるのは隆信の母慶誾尼ですな。
この人が凄いのは夫に先立たれ髪をおろして尼になったにも関わらず
龍造寺家の行く末を案じ鍋島家との絆を強めるために自ら家臣の鍋島清房
と再婚したことである。
吉岡妙林尼、立花誾千代と並び称される戦国九州の三女傑の一人である
ことは間違いないでしょう。

116: 人間七七四年 2009/04/06(月) 17:36:58 ID:McCTcHaK
直茂と因縁が深かったのは道雪の方かね
両方とも筑紫方面で長い間対陣していた訳だし
自分が若ければ鍋島なんかに負けはせんみたいな事言ってるし

117: 人間七七四年 2009/04/08(水) 23:30:47 ID:OccUJ61y
>>116
道雪の場合は秋月種実じゃね?

ただ、遺言の内容から道雪が家晴を恨んで死んだのは分かる。

128: 人間七七四年 2009/07/16(木) 00:02:09 ID:U2AWe+0V
軍・政・人格的にチートキャラくさいんだけど大きな失敗とか人格疑うエピはないの?

130: 人間七七四年 2009/07/16(木) 17:56:51 ID:Bme2AkJq
嫡子の勝茂を嫌っており、勝茂を江上家に養子に出した事がある。
直茂が溺愛したのは、勝茂の弟・忠茂だった。

417: 人間七七四年 2013/12/27(金) 19:39:30.45 ID:87Eo8s77
>>130
亀レスだけど、結果的に勝茂が廃嫡されずに初代藩主になったところを見ると、
直茂は言われるほど勝茂を嫌ってなかったように思う
むしろツンデレっぽい

258: 人間七七四年 2010/12/20(月) 18:41:21 ID:40DhEGHj
直茂の初陣は隆信の村中城復帰戦
勝茂の初陣は巨済島沖の海戦

どちらもなかなか派手な戦での初陣

290: 人間七七四年 2011/04/14(木) 09:03:45.96 ID:kb+Y+FZM
ぶちゃっけ聞きたいんだけど直茂どの程度の能力持ちだと思う?

出世できたのは竜造寺の血縁だったからだし主な功績は 今山 お家維持 主家乗っ取りだけど、主家乗っ取りに関しては元々家老 だったわけだし実質上の当主が討死してるわけでそこまで難しい話とは 言い難い。

今山は確かに凄いけど大友にとっては所詮局地戦に過ぎない
わけで後は御家維持をどう評価するかだよなあ。

291: 人間七七四年 2011/04/14(木) 18:05:30.38 ID:RCOjBz2b
まぁ関ヶ原で西軍に参加しながら本領安堵した手腕は高く評価されるんじゃないの

292: 人間七七四年 2011/04/14(木) 22:17:56.26 ID:lc8ITYiY
総合的に言えば、バランスの取れたいい武将、っていうイメージだが
特に何の能力に秀でてたかといえば、やはり知略と人望ではなかろうか

知略は戦での功績でも分かるし、やはり>>291の言うところの評価は大きい
人望は、体裁は主家乗っ取りであるのに、竜家一族含め家臣一同が割れることなく
従ったところに認められる

おそらく隆信の後半時代からすでに家臣の信頼は直茂にあったんではないかな

49: 人間七七四年2008/09/25(木) 19:28:29 ID:QezfMQAi
龍造寺家を守った忠臣という評価と 
龍造寺家をのっとった不忠者という評価と二つあって困るわ

1111: 過ぎたるは及ばざるが如し1600/10/21(水) 00:00:00.00 ID:rekichiho  



引用元;http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1220009690/