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1: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/13(日) 00:40:52 ID:6Qf0dwWD
戦国時代はどんぐらい医療の技術が進んでたのだろう?

8: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/13(日) 11:27:38 ID:xu3xcB9A
江戸時代ぐらいだとでもしか医者ってのがいたよ
他に取りえもないし医者にでもなるか って感じ

11: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/13(日) 12:48:46 ID:49DZM+EF
まともに医学が発展したのは明治後期ぐらいじゃないかな
幕末には外科手術の成功例もあるけど極稀なものだし
松本良順なんかも当時の医学の治療では治る見込みが少ないから
治療より予防したほうがいいと衛生面や生活習慣の改善を勧めてたぐらいだから

13: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/13(日) 21:45:37 ID:eg3qhnIJ
豊後にはアルメイダが建てた西洋病院があったっていうけど
どの程度のものだったんだろうね?

249: 名無しさん@お腹いっぱい 2011/08/06(土) 09:35:33.40 ID:AlAtHCRJ
>>13
凄い亀レスだが、、

当時の西洋医学は外科手術については中国より進んでいたが、全体的に見ると、劣っていた。 瀉血がポピュラーな治療法だったぐらいだからね。

アルメイダの病院でも、内科は漢方で治療していた。

あと、雑兵物語に出てくる馬の糞を飲ませる療法が、当時の医療の後進性を示すものとして 挙げられるが、民間には中国から伝わった医療は全く広まってないので、はっきりと 区別して考える必要がある。

一般人がやってたのは、呪術と境目が無い迷信的な治療法。
京の官医師はもちろん、中国から伝わった正統派の医療知識を備えていた。

250: 名無しさん@お腹いっぱい 2011/08/07(日) 18:08:50.98 ID:xxvO6mYH
>>249
西洋で内科が急激に発達したのは17世紀だからね
特に解剖の実施が認められるようになったのが大きい。

15: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/15(火) 00:15:39 ID:FZ6TTHt4
内科なら東洋医術だって負けてないはず

17: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/15(火) 23:14:50 ID:Vzbv47jA
薬になる馬糞汁を飲んで部下を激励した甘利昌忠なんかはこのスレで語ってもおk?

20: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/20(日) 04:58:04 ID:Pxp6bCfJ
家康は長寿と健康と毒殺防止の目的で
自分で本を読んで漢方薬の処方を覚えて
自分で素材を粉末にして漢方薬を作って飲んでいたよ

21: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/25(金) 15:33:26 ID:n7caQM+F
家康が常に持ち歩いたと言われる医学書は、太平恵民和剤局方
北宋の徽宗が作らせた書、だとか

23: 名無しさん@お腹いっぱい2006/09/07(木) 16:41:23 ID:GbDHCq7i
信玄公が、病に倒れた時に、治療したのが、御宿監物だったかなあ。

22: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/08/30(水) 15:25:21 ID:tFnnQq9w
曲直瀬道三って凄いね

24: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/07(木) 18:09:33 ID:sEZXQ7KM
曲直瀬道三って、確か秀次事件に巻き込まれて、流罪になってたんじゃ?

秀吉の臨終の前には、曲直瀬道三が、診てたみたいだけど、早期に許されたの?

26: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/11(月) 15:19:15 ID:5ub3f8Gk
>>24
うんと、道三(正盛)は文禄四年(1595)正月(永禄三年としてるとこもあるが)に没してるので、 秀次事件連座(永禄四年七月)も太閤の臨終を診ることも、出来かねると思う

ってここまで書いて気がついたが、玄朔(正紹)が二代目道三なわけね
秀吉の臨終をみとったかどうかは、知らないけど
秀次事件に連座し蟄居、のち赦免され家康、秀忠に仕えるとなってるね

27: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/12(火) 04:27:36 ID:LrTknajB
当時の医者レベルの知識が欲しければ『本草綱目』。
これが当時の教科書みたいなもんだから。(家康も愛読)

一般人レベルの医療が知りたければ『雑兵物語』。

28: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/12(火) 14:18:50 ID:0F+j4Q4c
金創医(字間違ってるかも)ってのの医療レベルってのはどんな感じなんだろ。
なんか傷治す為に馬の小便飲ませただのって聞くけど、当時の医療技術ってこういうレベル?

34: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/09/24(日) 18:09:43 ID:jiaVau4V
当時の医者って、身分が低く小禄で侍の列外だったようだな。
曲直瀬みたいな有名医師は例外的存在。重用されるにしても、
内科医(本道)に限られていたみたいで、外科医になると格は
ガタ落ちだったらしい。特に目医者とか

(某歴史小説を参照)

39: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/10/27(金) 07:45:05 ID:xluOEKn4
>>34
その某歴史小説って、司馬遼太郎の「関ケ原」かな?

38: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/10/27(金) 02:53:39 ID:/sE3zPhS
当時(安土桃山時代)日本に来ていたルイス・フロイス曰く外科医術の相違について

『ヒスパニア(ポルトガル)では矢傷や刀剣、槍で出来た金創、銃創については真っ赤に焼けた焼き鏝(ごて)か煮えたぎった油で焼いて止血する、それは非常に苛烈であるが、日本では和紙に膏薬を塗った物を傷口に貼り付けて治す。
我々とのやり方に比べて非常に穏やかな方法である。
その他、我々ヒスパニアではランセタ(笹針)で瀉血(しゃけつ:血液を抜く事)を健康の為にしばしばするが、日本ではあまりせず、もっぱら鍼(はり)とモグサを用いたお灸という火の塊を背中に乗せる事を健康の為にする。』

と本に載ってました。


41: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/12/05(火) 23:27:27 ID:r42sMyq2
家康が鯛の天麩羅に当たって寝込んだ時、自分で作った薬ばかり飲んでいて
それを咎めた医者を処罰したエピソードは有名だが、その医者とは片山宗哲。
家康の薬には劇物が入っていたことを指摘したのだが、却って逆鱗に触れ、
諏訪の高島藩へ配流となった(吉良上野介の息子義周と同じ)。家康死後は
秀忠に呼び戻され家光の診察も行った。

45: 名無しさん@お腹いっぱい 2006/12/06(水) 00:52:36 ID:PZLe0Mcc
この時代、風邪引いても抗生物質無い、盲腸になっても手術できない、マムシに噛まれても血清無い。

年がら年中葬式やってたんだろうなあ。

49: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/01/21(日) 06:10:58 ID:skgBBgnn
戦国時代って衛生兵みたいなのはいたのかな?
合戦だと刀で斬られたり槍で突かれたり馬に轢かれたりだろうから、手当てする前に死んじゃいそうだし居なさそうな感じだけど。
居たとしても衛生兵って名前ではないか。
何て呼ばれてたんだろ?検討もつかんわ。

50: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/02/06(火) 00:28:01 ID:Jd+lrtMz
>>49
金創医ってのがいたんだろう
もっとも薬は人の小便とか馬糞よくて梅干くらいだったらしい
戦う体力のないものが無理やりそれになり従軍していたんだろう

52: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/03/17(土) 10:28:09 ID:hw8stCjF
合戦に持っていく薬草はなかったのかな?

53: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/03/18(日) 03:43:15 ID:1Bnn4GRE
薬草ではないが、梅干なんかは重宝されたそうな

54: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/04(水) 10:21:47 ID:cbg5soKx
梅干の種は武器にもなった、との半分冗談みたいな話がある

55: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/05(木) 12:54:29 ID:fRl8zrHB
武器てww
どうやって使うんだ?

57: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/05(木) 13:45:49 ID:sxMyBkD8
乾燥させて石礫の代わり
一時的に前進を止めるとか、まあギャグに近いか

66: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/09(月) 15:22:01 ID:Cu6LaUuM
傷口を焼酎で消毒すると聞いた事があるけど
この時代に焼酎って全国に普及してたの?

67: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/04/26(木) 15:11:06 ID:BtzlF0qJ
鹿児島県の郡山八幡神社解体修理の時みつかった、
永禄二年(1559)に書かれた、焼酎もふるまってくれないとの、宮大工の愚痴が初見らしい

69: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/06/28(木) 10:16:48 ID:4Rts220K
曲直瀬道三以外で有名なのは誰だろう?

73: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/08/27(月) 21:10:11 ID:5VWP1RjH
>>69
施薬院全宗

田代三喜

81: 名無しさん@お腹いっぱい 2007/11/19(月) 16:06:31 ID:7azeyh38
やはり有名なのは曲直瀬親子だね。
初代道三は言うまでもなく 玄朔は後陽成帝に灸治療をしてるんだね。

84: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/01/08(火) 17:52:11 ID:1+IkUFas
鍼灸が普及したのは江戸時代だよね。
とすると戦国時代は漢方薬が主かな。

89: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/03/29(土) 15:08:23 ID:RLZJEJS+
道三はスゴイよな。
義輝・晴元・長慶・久秀・元就・信長・秀吉・家康に重用されたんだから。

92: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/05/15(木) 16:13:01 ID:HuTtWqDf
田代三喜がすごい 道三の師匠だし。

96: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/06/19(木) 13:58:43 ID:cYzMEDY4
玄朔の患者も
正親町帝 後陽成帝 秀吉 秀次 秀頼 家康 秀忠 輝元 氏郷 清正と多彩だね。

108: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/12/01(月) 15:06:40 ID:hk9a/Un9
西洋医学といえばドイツなのかな、この時代はまで国名違うだろうけど

109: 名無しさん@お腹いっぱい 2008/12/16(火) 14:26:36 ID:bY+RxMGd
宣教師アルメイダが弘治三年(1557)、豊後府内にホスピタルを建てた

124: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/04/26(日) 10:02:48 ID:VN/5mhCK
山内一豊は顔面に矢が刺さり口の中まで達した。織田信長は山内一豊に塗り薬を渡したとのこと。
抵生剤無しで良く助かったな。

129: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/04/28(火) 05:46:39 ID:wqt9Vgrs
戦国時代の頃は胡椒は薬だったと聞いたことがある

130: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/04/28(火) 17:40:19 ID:QbZ/2tdA
>>129戦国時代は今以上に医食同源。薬の定義すら定まっていない。
現在は厚生労働省が治験して効果有りと認めた物が薬。

155: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/05/21(木) 10:17:17 ID:xqfwR954
温泉の湯治くらいか。

少々、殺菌作用があれば、それだけでも当時としては効果大だったろう。

徳川十五代の将軍の跡継ぎとか読んでみると、将軍家といえども早く死ぬ子供(大人も)多すぎ。

159: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/05(金) 10:34:52 ID:QnXK88Cc
男児の方が抵抗力がないといわれるね。

160: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/05(金) 18:22:48 ID:tBWWJNhv
男児に限らず全ての年齢において男は女より抵抗力は低い。肺炎になっても女の方が助かる。
戦のない、現代でさえ女の平均寿命の方が長い。
40℃の高熱を出すと男はへたれ込むが女は平気なことがある。
女の生理痛を男が経験すると倒れる。陣痛は失神する。

165: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/08(月) 18:00:51 ID:0einKznC
あー、痛そう。

出産できずに、何日も激痛に苦しんだあげく、赤ちゃんともども死亡した妊婦は
多数。戦国大名の正妻でもそのように死んだ女性も、誰だったかいたはず。

166: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/08(月) 18:02:40 ID:0einKznC
武田信玄の最初の奥さんがそうだったはず。

168: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/08(月) 21:06:44 ID:U/fzIdd6
難産があると思えば、1人で10人の子を産む女もいるな。

169: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/08(月) 21:13:32 ID:0einKznC
前田利家の奥さん(松)が代表。でも、こんなに多数はさすがに珍しかったのか、
松は、戦国時代の多産では一位になるらしい。

170: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/06/08(月) 21:14:13 ID:0einKznC
有名人の正妻ではな。

188: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/07/01(水) 23:35:16 ID:KChDUJ5p
島津義久も医学をかじってたと聞いたような、そうでもないような。

189: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/07/02(木) 10:47:40 ID:EyiXKErg
戦場で戦ってた武士は医学の心得ももちろんあったろうな

ランボーやプレデターみたいに傷口とか自分で縫ってたかもね

200: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/08/04(火) 20:53:48 ID:DLMTaKyB
戦国時代に医師国家試験はなかったから、だれでも「俺、今から医者になります。」って言ったら医者になれたから藪医者だらけ。
失敗しても訴えられないけど、仲間に切り頃されそう。

202: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/08/14(金) 19:20:03 ID:P8ZsI0TD
だいたい髪を剃ってたみたい一応戦場でも医者は殺してはいけなかったらしい
たてまえだろうけど

207: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/08/15(土) 20:09:41 ID:lfxo1u8Y
大名は薬園もってたよね。東京だと小石川植物園だったっけか。

208: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/08/17(月) 10:59:52 ID:nxmBAJfQA
>>207
薬草なんて気休めの薬にしかならない。ペニシリンなければ無意味。

209: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/08/28(金) 16:40:52 ID:kwYWOHP5
気休めではないでしょ。

210: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/08/28(金) 16:51:23 ID:ZTg34HNJ
漢方薬は気休め(キリッ

212: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/09/01(火) 21:59:30 ID:JErSBubX
諸藩中最古の医学校は、1817年頃に創設された仙台藩医学校(東北大学医学部の前身)。 1822年には蘭科を開設し、日本で最初の西洋医学講座を実施した。

223: 名無しさん@お腹いっぱい 2009/11/09(月) 16:27:23 ID:L4mHAZn7
さすがの南方仁も戦国では厳しかろう。

76: 名無しさん@お腹いっぱい2007/09/16(日) 21:00:07 ID:sY976m8W
こんな時代で数多の合戦を潜り抜け 
70、80代まで生きた戦国武将ってすげー神々しい存在だったろうな

1111: 
過ぎたるは及ばざるが如し1600/10/21(水) 00:00:00.00 ID:rekichiho  




引用元;
http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1155397252/