2e82da50


1: 人間七七四年 2006/07/24(月) 02:14:49 ID:1nUf16hP
なんとね~おっつぁん話してごせや。まっちょーけんね

2: 人間七七四年 2006/07/24(月) 02:16:11 ID:LMtGN9u1
戦国最強にして最高にカッコヨスな緒方経久。

4: 人間七七四年 2006/07/24(月) 02:22:11 ID:i1bPCKm5
>>2
彼はまさに下克上のなんというかまぁ緒方拳の演技はよかったな

17: 人間七七四年 2006/08/05(土) 16:11:15 ID:97PJ/FU2
龍造寺家兼と並んで最強のジジイ

19: 人間七七四年 2006/08/13(日) 04:03:29 ID:4jqgYU1a
気前がいい人

23: 人間七七四年 2006/09/20(水) 21:54:58 ID:U+fCcSWI
緒形拳さんが演じて、迫力ある戦国大名として、現在の人に知られた。

25: 人間七七四年 2006/09/20(水) 22:47:02 ID:MIG4ozC+
某「信長の野望」に登場する経久、間違いなく緒形拳に影響はされてるよね
似てはないけど。

やっぱ背景の色は赤がピッタリだな。凄みが増すっていうか、ド迫力

32: 人間七七四年 2006/09/21(木) 11:57:03 ID:zb9uObkS
経久って謀が多くて当時最強だったと思う。おそらく元就も経久に学んだんだろう。

66: 人間七七四年 2006/11/03(金) 21:06:56 ID:mNum7HE1
>>32
確かに元就殿は
・尼子経久殿
・大内義興殿
という西日本有数の武将の狭間あり、両者から政戦略を間接的に伝授されたということでしょう

私も緒方拳さんの経久殿ははまり役だと思います
以前TVNEWSで経久殿の肖像画を拝見しましたが、とても威厳のある、理知的なお姿でしたよ
月山に山中鹿乃介像がありますが、私的には、経久殿の銅像もあってよいと思いますね

36: 人間七七四年 2006/09/22(金) 22:18:33 ID:/J4Cq9gZ
信ヤボ天翔記の中国・九州地方はアツい

39: 人間七七四年 2006/09/23(土) 00:54:01 ID:qMsZB7Fz
実際は一休さんみたいな逸話が残ってるお茶目なじいちゃん

42: 人間七七四年 2006/09/24(日) 18:31:15 ID:jiaVau4V
歌・絵を嗜み文学にも興味を持ってたとか、何とまあ多趣味な人だよな。
若い頃京都にいたことが大いに作用しているんだろう。

この遺伝子が後進にも伝われば良かったんだが。父譲りの素養があった長男は
若死するわ、二男・三男には武骨なイメージしかないわで、悲惨だな

44: 人間七七四年 2006/09/28(木) 10:10:42 ID:FXbTHJmJ
>>42
尼子政久を評価しすぎじゃね?
陣中で笛を吹いてるところを射殺されるなんて、
文弱にもほどがあるぞ。
今川氏真公とイメージがカブる。

47: 人間七七四年 2006/09/28(木) 12:30:53 ID:LHFCr436
>>44
政久は持久戦が得意だったのかね?
兵士の士気を上げるために笛を吹いて鼓舞したり
酒宴をひらいたり、小田原攻めの豊臣家みたいだな。(多少意味が違うが)

それよか自分はなぜ政久があそこまで苦戦していたのにも関わらず
弟たちがあっさり城兵皆殺しにできたのかが気になる。
(国久の息子が死んだときも、劣勢だった軍を盛り返してるし・・・
誰かが死なないと本気が出ないのか、尼子家は)

んで>>44のレスを見てふとこんな事を思った
政久→内政担当
国久→本家の軍事担当
興久→対諸勢力用軍事担当

48: 人間七七四年 2006/09/28(木) 17:39:42 ID:PWaRnWkZ
>>44
よく考えると三村家親と同じだな

46: 人間七七四年 2006/09/28(木) 10:57:13 ID:Lx88YJIO
備中出身が最有力だね

51: 人間七七四年 2006/10/17(火) 07:14:09 ID:E/1FtR2l
尼子経久、いいねぇ。
信長の野望初めてやった時、毛利さんでやっつけたけど。

70: 人間七七四年 2006/11/07(火) 11:49:42 ID:FPU//uJ3
元就公にとって幸運だったのは経久公と同世代ではなかった事だ
あとは晴久が無能で義久が更に無能だった事か

73: 人間七七四年 2006/11/08(水) 09:36:47 ID:0JBlHiMT
>>70
晴久が無能?おまえは何を言ってるんだ?
傑出して優秀ではないが武将としての戦果を
見れば無能なんて言えないはずだが

74: 人間七七四年 2006/11/09(木) 02:07:08 ID:ZtiZzXhc
晴久はなんだかんだいって経久時代の体制を
変えた人物だし。(奉行制度は勝久の再興軍まで引き継がれている)
本城がついて来ただけでも評価できるよ。

75: 人間七七四年 2006/11/10(金) 20:55:21 ID:ZA6lBBC9
晴久公は猪突猛進が過ぎたのではないか…
新宮党ならいざ知らず、自身がそうでは…
下野守久幸殿の様な思慮深き方の意見をもう少しでも聴かれておられたなら、義久公の代への基盤整備でもなされたかもしれないが…

武田家もそうであったが、やはり先代が偉大過ぎた故であったのか…

76: 人間七七四年 2006/11/11(土) 00:20:03 ID:JSLGW/nV
>>75
郡山攻めまでは確かにそのけもあったが、
それ以降はさしたる拙攻は見られない。
大内毛利を追い返したり銀山取ったり。
ただ銀山取ったあたりで毛利と和睦でも
していればまた違う展開があったかもしれんね。

89: 人間七七四年 2007/01/07(日) 23:03:40 ID:oPj+FTLJ
弟で新宮党の尼子久幸もなかなかの人物。

90: 人間七七四年 2007/01/14(日) 00:08:07 ID:U8u534Xu
そういえば経久は11カ国の太守になった これが凄いのはわかるのだが実際の直轄地、そして動かせる国及び兵はどの程度だったのかね
九州北部から中国地方西部にかけて領土を広げてた大内のほうが直轄地自体は凄いのか?

91: 人間七七四年 2007/01/14(日) 15:40:20 ID:eig2SDNw
守護に任命されるって、結局その国を支配する権利を認められたに過ぎないんだよなぁ
特にこの時代にもなると

92: 人間七七四年 2007/01/17(水) 03:44:34 ID:AjR3SZLM
尼子経久が何故「十一カ国の太守」とよばれるようになったか
という小論文があった気がする。
で、たしかこの小論では、江戸時代、毛利元就の肖像に「八カ国の太守」と
讃えて記入された事に、当時の佐々木氏(尼子)の当主が対抗意識を燃やし
尼子経久の肖像に三ヶ国多い「十一カ国の太守」と賛を書かせたのが
始まりとか。

ちなみに尼子家が守護になった国の数は、尼子晴久の「八カ国」が最大

94: 人間七七四年 2007/02/03(土) 23:34:10 ID:N/7l8ynt
>>92
八カ国は献金して将軍家に認めて貰ったんだっけ?

95: 人間七七四年 2007/02/11(日) 04:16:41 ID:BS3gW6l9
>>94
たぶん、そんな感じ
でも、公認された八カ国の内、出雲・伯耆・隠岐の三ヶ国は完全支配してたし、
美作も9割がた抑えていた。因幡にも結構影響力はあった。
備前・備中は尼子方の国人がそれなりにいたので、
あながちお飾りで守護名乗っていたわけでもない。

問題は備後で、殆ど影響力がなかった。
晴久は、謀略を駆使して三次方面の国人を取り込んだが、
毛利氏・大内氏との軍事衝突に敗れて、結局勢力を伸ばせなかった。

100: 人間七七四年 2007/03/24(土) 00:52:11 ID:Ya2Fjd3H
>>92
11ヶ国の太守じゃ、全盛期の山名氏と同格になっちまうもんな。

93: 人間七七四年 2007/01/17(水) 18:46:04 ID:iReJnrOL
尼子と大内の戦いって2万とか3万とかの数字がバンバン出てくるから互いに100万石程度の領土があったと見るべきか?

96: 人間七七四年 2007/02/13(火) 21:03:21 ID:qAosONav
>>93
中国地方は米以外の副収入がふんだんにあるからねえ
石見銀山・瀬戸内や日本海の海運交易・鉄とかね

97: 人間七七四年 2007/02/16(金) 22:20:56 ID:hatF8RH4
>>96
出雲周辺は鉄資源が驚くほど豊富。
伯耆なんかは嘗て日本有数の刀剣生産高を誇っていたぐらい

101: 人間七七四年 2007/03/27(火) 09:37:03 ID:Lys7Nzou
>>97
砂鉄を鋼に出来る木炭=森林資源の豊富さにも恵まれてる。
中国山地の分水嶺は随分瀬戸内寄りにあるので雨水はかなりの部分山陰側
に落ちるので、それと砂鉄が結びついた当時の山陰地方は屈指の「重工業」
地帯なんだよ菜。
それを行う資本=銭にも事欠かない商業と鉱業があったし。

98: 人間七七四年 2007/03/08(木) 13:37:16 ID:6i6MjiL9
あと美保関の関銭

99: 人間七七四年 2007/03/11(日) 02:25:01 ID:ksZ64/Pq
宇竜浦の事も忘れないであげてください。
鉄の生産より、鉄による舟役が重要であり
石見の銀も権力者が実際に支配をしていたのではなく
商人だがなんだかがそこの銀を大量に採取し
それに莫大な税を掛けていたっていうしね。

106: 人間七七四年 2007/05/25(金) 15:13:17 ID:gtK/5ywi
出雲は米の生産は少ないだろうから、いろいろなものが御家を支えたんだね、勉強になります

118: 人間七七四年 2007/09/22(土) 15:27:56 ID:rM/8F1xv
十一国に対する影響力はどうだったんだろう?

119: 人間七七四年 2007/09/25(火) 21:22:44 ID:7MnqMfK1
そうでもなかったと思うよ。
ちゃんと支配していたかと言うとそうでもないし。
重臣達には岡山とか与えられていたけど実質空知行に
かわりはなかったみたいだし。
どちらかというと切り取り次第と言う感じ。

危ない所(主に他国)は重臣へ、安全な所(完全に掌握している地)は直轄領。
実際11カ国といっても完全に支配できたわけではないと思うよ。

122: 人間七七四年 2007/10/10(水) 17:08:07 ID:rYPOhTE8
本当に11カ国持っていたら100万石どころじゃないだろww

125: 人間七七四年 2007/10/11(木) 01:12:12 ID:HzmBeWdw
確かに地味だよな。その後も歴史の表舞台にでてこないし。

でも気前よさそうだから、すぐちぎょうふやしてもらえそ。

134: 人間七七四年 2008/01/10(木) 19:09:50 ID:WStqg++m
経久の存在が元就を育てたっていうのはどうよ?

135: 人間七七四年 2008/01/15(火) 22:48:43 ID:01hImuzs
興久の乗っ取りを見て小早川を乗っ取ったらしいですぜ?

137: 人間七七四年 2008/02/02(土) 15:49:20 ID:cO92y06P
>>135
塩冶は経久の天敵だよね、勢力が弱っていたのかな?

136: 人間七七四年 2008/01/17(木) 20:26:23 ID:BUVirh4t
養子で乗っ取りは当時よくある手なのでなんとも言えない

145: 人間七七四年 2008/03/04(火) 22:15:44 ID:NS7NRYr/
浅井久政は尼子氏の息子らしいけど、近江にも別の尼子氏いたの?

146: 人間七七四年 2008/03/05(水) 20:38:13 ID:7mgAneRY
>>145
近江尼子氏

151: 人間七七四年 2008/03/28(金) 15:32:36 ID:yok9fjaY
出雲尼子は近江尼子の分家。

153: 人間七七四年 2008/04/22(火) 16:16:42 ID:FLzIkM2o
近江尼子は犬上郡に勢力はってたんだね。犬上郡甲良町尼子に尼子館があったようだ。

156: 人間七七四年 2008/05/24(土) 12:56:24 ID:xaawKkTK
経久のことを考えると中国を思い出す。
内側の不満を外に吐き散らす為に遠征をする経久とか。

157: 人間七七四年 2008/06/06(金) 14:10:34 ID:eevJyYtO
経久の時代は領国という感じではないね。
関銭などは大事にしているが。

158: 人間七七四年 2008/06/21(土) 15:05:14 ID:xNEVkueo
国人連合の盟主という感じか、経久

160: 人間七七四年 2008/06/30(月) 21:38:09 ID:jlzpEJLF
経久の人物像を掴めるものとしては、長谷川博史氏の「尼子経久論」(『毛利元就と地域社会』)が今は一番だと思う。迅速な機動力の精鋭部隊で集中的に敵のウィークポイントを突く戦術、それで得た勝利喧伝によって周辺に尼子強しと強烈なインパクトを与える戦略。

162: 人間七七四年 2008/07/10(木) 10:37:12 ID:7pzhzO6R
>>160
>長谷川博史氏の「尼子経久論」(『毛利元就と地域社会』)
あれはよかったね。
長谷川氏の尼子論は、正直 藤岡氏や米原氏の尼子論より進んでいて面白い。
三氏に尼子ネタで対談させたら凄く面白い記事になるだろうけど、対談した本人達は喧嘩別れしそうだw

161: 人間七七四年 2008/07/02(水) 03:12:54 ID:9xMeYvov
仮に経久が100歳以上まで長生きしてたとしても
尼子の未来は暗いな、基盤が脆弱すぎる

170: 人間七七四年 2008/08/07(木) 18:35:55 ID:B2VWy+Rv
経久のイメージって30代の束帯姿か、老年期のどちらかやんな。(信長の野望シリーズみたいな)墨染の自画像は、老齢過ぎるし… 奉納用だから着用してないだろうけど、佐太神社の梶葉前立の兜姿とかもありだと思うけどお目にかかったことがない。

171: 人間七七四年 2008/08/13(水) 01:37:11 ID:/dcWMJOC
出雲地方以外では、通好みの範疇に属するであろう尼子経久

176: 人間七七四年 2008/08/23(土) 00:11:48 ID:/u8mBvC8
まぁ、実際はそんなもんだろうな
よっぽどの有名人じゃない限り、戦国時代の武将よりも
江戸時代の殿様とかの方が持ち上げられやすい

218: 人間七七四年 2009/01/30(金) 02:58:48 ID:Y5ltAS3J
尼子の一族問題は、どちらかというと仕組みの整備に手が回らなかったことが最大の原因だろうな。
北条なんか典型的だが、当主を頂点とした仕組み、組織をしっかり作ってる。権限に
ほとんどあいまいさがない。

毛利も北条ほどではないにせよ仕組みを作ったけれど、尼子は残念ながら
そこまで手が回らなかった。

220: 人間七七四年 2009/02/06(金) 17:29:50 ID:Si5NLJyb
で仕組みを作っている最中に晴久が死んじまった

225: 人間七七四年 2009/03/06(金) 06:51:03 ID:UxlE/2SQ
経久がもう少し当主の力を強くできていたらな
褒められたら家宝を惜しげもなく与えるという逸話は
裏を返せばそうやってつなぎとめる必要があったということだろうし

226: 人間七七四年 2009/03/06(金) 15:45:44 ID:ttv+FX2I
まあ、経久の頃は国人一揆の延長線上としての戦国大名家の全盛期だからね。
むしろ経久~政久~晴久~義久と普通に当主早死にとかナシで行ける方が好ましいと思う。

227: 人間七七四年 2009/03/24(火) 15:44:56 ID:BPq6wHiE
政久が先に逝ったのが痛い

228: 人間七七四年 2009/04/06(月) 15:54:49 ID:1cl5h2XW
政久の死までは、経久の人生はうまく行き過ぎてるぐらいだから

230: 人間七七四年 2009/04/20(月) 16:08:10 ID:Xav7C0jp
最期はだいぶ追い詰められてたね。

231: 人間七七四年 2009/04/21(火) 10:52:47 ID:Emrs+cR5
追いつめられてたっつーより、一進一退の大激戦だった
石見東部のみならず備前や因幡、備中など全戦線で。
逆にあの状態で互角に渡り合っていた事が凄まじい

232: 人間七七四年 2009/05/11(月) 15:29:43 ID:8CD9U7UB
あっと言う間に崩れた訳だ。

233: 人間七七四年 2009/05/13(水) 20:05:17 ID:z16u3n8Z
>>232
指揮とってた本人が死んだ上に、跡次いだ息子が「前線見殺し」という超愚策をとったからな。
そりゃ一瞬で崩れるわ。

236: 人間七七四年 2009/06/18(木) 15:15:30 ID:BjCUwj6T
義久は庇う所ないのかな

238: 人間七七四年 2009/06/27(土) 15:46:55 ID:pFZpvi9t
>>236
勝久と違って天寿を全うしたことは評価できる

244: 人間七七四年 2009/08/13(木) 02:15:23 ID:0Vxa1J1g
完全に支配してたのって出雲、、伯キ、隠岐、くらいじゃなかったけ?
石見、安芸、備後、備中、備前、美作、因幡は大半とか半分とかで
播磨はほんの一部だったらしいって何かで読んだ

245: 人間七七四年 2009/08/25(火) 14:39:49 ID:2EsYivse
国人に任せている場合が多いんだよね。

246: 人間七七四年 2009/08/28(金) 23:45:28 ID:nRo6Dj6F
石見は宇山、美作は佐世に代官をさせて統治していたが、
どっちも支配していたとは言いがたいよな。

247: 人間七七四年 2009/08/29(土) 09:18:26 ID:oHlwC1nd
東日本の尺度(織田、武田とか)で考えると違和感が出てくる
大内、尼子、毛利、大友
ここらあたりは傘下の国人による間接統治地がかなり多い

248: 人間七七四年 2009/09/09(水) 16:07:25 ID:WBeMf/eM
西国が伝統的手法で 織田や武田が革新的手法なんだ。

264: 人間七七四年 2010/06/16(水) 17:03:54 ID:iUG4yIK1
また経久が出る大河やらないかな

265: 人間七七四年 2010/06/18(金) 08:48:36 ID:+3ysBRk+
それは大内義隆か経久本人の大河じゃないと

310: 人間七七四年 2013/05/06(月) 09:10:07.43 ID:b2mDcKk3
敵に容赦ない分、身内には甘い


196: 人間七七四年2008/10/07(火) 18:56:21 ID:TDnLmff8
経久ってジジイっていうイメージしか無いんだよな 
大河しかり、信長の野望しかり 

もっとこう、城を追い出されてからの奇跡の復活とかを取り上げてくれよNHK

1111: 過ぎたるは及ばざるが如し1600/10/21(水) 00:00:00.00 ID:rekichiho  




引用元;http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1153674889/