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1: 人間七七四年 2006/06/18(日) 05:11:22 ID:KLVhOa9K
徳川四天王の一人、本多忠勝を語るスレ。
家康の天下取りを支えた戦国時代有数の豪傑を語りましょう

3: 人間七七四年 2006/06/18(日) 06:49:30 ID:6aVVldUx
五十七戦無傷ってうそくせー

4: 人間七七四年 2006/06/18(日) 07:52:11 ID:bUnCfsJR
一個くらい傷があってもよさそうな顔なんだがな。

5: 人間七七四年 2006/06/18(日) 12:01:50 ID:/xjrApJJ
関ヶ原で島津軍の銃撃を受けて落馬しているが怪我しなかったのだろうか?

6: 人間七七四年 2006/06/18(日) 12:27:12 ID:qh0Opq5u
個人の武勇に優れてた訳じゃなく、指揮官としてすぐれてたんだろ。
それは武将としては普通だろ。
総大将なのに前線に出て狙撃されて、足負傷した信長くんは・・・

7: 人間七七四年 2006/06/18(日) 14:20:30 ID:5NAtr8wX
花実兼備の武将。

10: 人間七七四年 2006/06/19(月) 19:40:56 ID:tN1xz0m4
本多家が最終的に岡崎五万石って酷いな・・・。

11: 人間七七四年 2006/06/20(火) 21:19:42 ID:wlRdTCz8
子孫達の自業自得。

13: 人間七七四年 2006/06/21(水) 01:14:57 ID:ABJrd4RA
>>11具体的に頼む。

15: 人間七七四年 2006/06/21(水) 12:14:58 ID:N8b/LVT5
ここからたどっていくと哀れに衰退していくさまがわかるな

http://www.asahi-net.or.jp/~me4k-skri/han/kantou/ootaki.html#Anchor30559

28: 人間七七四年 2006/07/17(月) 18:10:27 ID:htwFchod
過疎ってるな。

29: 人間七七四年 2006/07/18(火) 14:39:35 ID:c1GzK+PB
だって後ろの方で命令してただけのへたれですもの

31: 人間七七四年 2006/07/18(火) 15:45:41 ID:OtcjdS7w
>>29お前馬鹿か?何で指揮官が前線で戦わないといけないんだ?
無双のやり過ぎですよあなた!

32: 人間七七四年 2006/07/18(火) 18:32:06 ID:4J+6crZL
>>31
戦わなきゃいけないということはないが、陣頭指揮をするようなタイプはそれなりにいる。
蒲生氏郷、黒田長政、立花道雪など・・・・

34: 人間七七四年 2006/07/19(水) 20:53:01 ID:VtC6hgue
>>32一言坂や三方ヶ原では侍大将として陣頭指揮をとってたよ。

33: 人間七七四年 2006/07/19(水) 00:23:05 ID:MuMs/ETd
というか忠勝自身が「前に出ないのは臆病だから」って言ってると言う事は
本人自身としての自己評価の論点はそこじゃあないよな?

35: 人間七七四年 2006/07/20(木) 14:34:38 ID:i7eQvOpg
一言坂なんか特にやばいよ
敗走中の徳川軍が一言坂で追いつかれ、かなりやばかったが
本多隊がしんがりとして煙を使いつつ武田軍を混乱させ逃亡を成功させている
傷のひとつくらいあってもおかしくないだろうに

36: 人間七七四年 2006/07/20(木) 16:24:44 ID:G2ZUn7SV
戦場の撃ち合いで打ち身や打撲なんかはあったと思うんだが、傷跡が残るほどの怪我を
していないって意味の無傷だとしても、武運の強い人間だよな。

三国黒を射られて、代馬が来るまでそこで待ってたって話も、なんか人間くさくて好きだ。

41: 人間七七四年 2006/07/22(土) 10:12:54 ID:MIiOUo79
本当に57戦(だっけ?)無傷なら
武勇よりもその強運が恐ろしい

逃げ回ってたならともかく

42: 人間七七四年 2006/07/22(土) 17:38:58 ID:W88/5ttH
意外に軍功無数にして無傷な武将って多い。

43: 人間七七四年 2006/07/22(土) 23:38:54 ID:h1JTFrct
例えば?

46: 人間七七四年 2006/07/23(日) 20:18:28 ID:Ny9nzhns
>>43
>>42ではないが大久保忠佐もそうだよね。

48: 人間七七四年 2006/07/24(月) 16:50:20 ID:DKW43n9i
逆に井伊直正は体中傷だらけなんだよな。

74: 人間七七四年 2006/09/01(金) 00:02:58 ID:jJwJxkQ3
本多忠刻(本多忠政の嫡男、忠勝の孫)が実は信長&家康の曾孫に
あたるんだよな…。

そりゃあ千姫の再婚相手としては全く申し分ないわなw

75: 人間七七四年 2006/09/01(金) 14:17:04 ID:PmqO7y/o
母熊姫が信康&五徳(徳姫)の娘だからね

83: 人間七七四年 2006/12/14(木) 00:28:18 ID:b0Z8brTf
本多正信の事を相当憎んでたらしいが、家康がもし忠勝より早く死んでたら豊臣の武功派の連中と同じようなことしてたのかな・・・・

85: 人間七七四年 2006/12/14(木) 22:02:35 ID:RK1q9tLL
>>83
初耳。なんで憎んでたの?

86: 人間七七四年 2006/12/14(木) 22:29:53 ID:uarztkAc
正信が憎まれ役だったから

87: 人間七七四年 2006/12/16(土) 16:27:47 ID:+/MrUMN1
憎んでたというより嫌ってたんじゃね?

ちゅうか、平八郎系は松平を守ってナンボの一族だから、忠勝にしてみれば
一族をあちこちに分散投資してて、しかも政務の中枢にいる正信って、
ぬげー胡散臭いんじゃないか?

88: 人間七七四年 2006/12/16(土) 21:13:33 ID:F1cBbRhd
>>86-87
サンクス そういうことか。

91: 人間七七四年 2006/12/21(木) 05:19:27 ID:9Zv5e2JQ
忠勝の話っていうか、徳川家の軍制の話になってしまうかもしれないけど、
忠勝が戦場で動かした兵って家康から借りた家康直属の兵なのか?
それとも小領主がまとまった混成軍?

92: 人間七七四年 2006/12/21(木) 19:49:03 ID:WgYi146H
>>91
本多家家臣団は、永禄九年(1566)忠勝が家康から与力五十余人
(都筑・梶・河合・松下・植村・多門・内藤など)を付属されたことによって本格的な成立を見る。
それまでの忠勝は、祖父忠豊・父忠高以来の家の子と、木村・佐野・小柳津・原田などの 家臣を従えるに過ぎなかったとされる。
(中略)
永禄十一年には大家・大野の二家、天正十八年には中根・長坂・松平の三家の与力が
忠勝に付属されている。 このように、本多忠勝家臣団は、家康より配属された与力が軍団の大部分を構成していた。

ソースは三戦板の前スレに出てた『本多家とその家臣団』ちゅう本。

ちゅうか、忠勝ん所は、祖父と親父が戦死してて、一族で参戦出来る兵力が少なそうな気がス。

116: 人間七七四年 2007/03/14(水) 04:10:57 ID:DhiHjLxX
蜻蛉切りって個人所有なんでしょ?

持ってる人凄いよね。

118: 人間七七四年 2007/03/14(水) 07:28:29 ID:mWz995TC
>>116
マジで蜻蛉切れるんかな?w

117: 人間七七四年 2007/03/14(水) 05:26:24 ID:G08F+WBC
というか、寄贈してくれとまでは言わないが、貸し出してレプリカの代わりに展示してくれたらいいのになぁ。
こういう価値のありそうな骨董品って、相続税とかどーなんだろ。

119: 人間七七四年 2007/03/14(水) 17:44:22 ID:JVT3DanK
見たら感動するだろうけど普通の穂先だしな
確か子孫っぽい人が持ってんだよな、本多さん
具足もたまに本物も見せてもらえる、穂先もたまに出るんじゃなかったっけ

120: 人間七七四年 2007/03/19(月) 20:56:42 ID:KW+SQUHy
忠勝の凄みは同時代の同戦場に立った人物からの賞賛が多い事だよな。
信長、秀吉、家康、武田軍一応福島も。
幸村とは対照的だよな

124: 人間七七四年 2007/04/09(月) 16:45:19 ID:cX1xq9JZ
これは、三河の本多忠勝という花も実も兼ね備えた武士である…これが信長
日本第一、古今独歩の勇士…これが秀吉

家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八…これは誰だっけ?

125: 人間七七四年 2007/04/09(月) 17:14:54 ID:Fi5g2Nvh
>>124
小杉左近

127: 人間七七四年 2007/04/09(月) 21:03:20 ID:iJk+F3FG
武田の近習、名前は>>125

128: 人間七七四年 2007/04/12(木) 14:01:15 ID:bQ2GVUP/
>>125 ありがとうございます
一言坂の戦いの時なんですね

129: 人間七七四年 2007/05/02(水) 15:12:27 ID:jD1KL1e0
わが本多の家人は、志からではなく、見た目の形から、武士の正道に入るべし。

と言葉遣いなどにも注意したとか

133: 人間七七四年 2007/05/29(火) 21:55:48 ID:ZycF/TV1
忠勝は小身の頃から家康に付き従って、戦陣に立っているのが凄いんだよな。
57回戦場に出たが生涯かすり傷も負ったことがない、という伝説はともかく
自ら槍を振り回していた武将。

でも、息子が槍の稽古をしていたのを見た忠勝が、
「自分も小身の頃は自ら槍を取って戦ったが大身となってからは軍勢を動かすことに心を配っている。 お前達も槍の稽古よりも人数を動かす采配を稽古しろ。」
と、たしなめたという。


134: 人間七七四年 2007/05/30(水) 00:59:20 ID:L0fTQF8d
後の「お前が言うな!」の始まりである

147: 人間七七四年 2007/07/30(月) 00:34:11 ID:iI7eWIAg
楽天の三木谷社長は本田忠勝の子孫です。

148: 人間七七四年 2007/07/30(月) 01:32:07 ID:TO4fig4z
>>147
父方の祖母が本多家分家の小藩の子孫なんだよな。

155: 人間七七四年 2007/10/14(日) 16:12:32 ID:92iS8n9T
本多忠勝の血を引く男系の子孫の藩主って泉藩だけだよな
今鎧兜を所有してる方は岡崎の宗家の子孫なのかね
三木谷はどこだろう

165: 人間七七四年 2007/10/17(水) 22:25:43 ID:/1NTqZTU
>>155
三木谷は宗家を継いだ忠良の弟のところの流れ

156: 人間七七四年 2007/10/16(火) 15:16:13 ID:QC8RDA7S
宗家は忠孝で無嗣除封、十五万石→一族の忠良が名跡取立で五万石、
その後真田、西条(紀伊)、高松(水戸)、牧野、と再々養子が入っているんだね
それ以前に忠国もか
転封も多いね

157: 人間七七四年 2007/10/16(火) 18:46:27 ID:YZhtOCTc
忠刻とその息子が相次いで早死にしたのが一番痛かったね。

158: 人間七七四年 2007/10/16(火) 19:00:04 ID:QNDpZfm1
戦場でも表面的には地味じゃない?

各戦に参戦はしてるだろうし、それなりに活躍はしてるだろうけど
忠勝大活躍!っていうのが意外なほど少ない気がするけど
まあそもそもしょっちゅうでかい戦ばっかり有ったわけじゃないけどね

159: 人間七七四年 2007/10/16(火) 20:05:22 ID:YZhtOCTc
>>158
まあね。一言坂にしたって負け戦なわけだしな。
でも、精強と言われ最終的な勝者となった徳川軍の中心的な人物ってだけでも十分評価に値するでしょ。
軍監もやってたわけだし。
それに、ミス無く常に一定の活躍をし続けるってのは思いのほか難しいもんだ

161: 人間七七四年 2007/10/17(水) 10:49:33 ID:71/5eRS3
>>158
忠勝に限らず以外と戦国武将ってそんなもんだぜ
ちょっと違うかもしれんが、例えば三国志的な一人で戦場の流れを変えました
みたいな事は戦国時代じゃかなり珍しい部類だよ

171: 人間七七四年 2007/11/21(水) 14:52:45 ID:BW4HCin5
平八郎って代々の名乗りなんだね 知らなかった。。

172: 人間七七四年 2007/12/05(水) 01:36:12 ID:j93Ilx85
源平源平と繰り返す家は結構あった
平八郎なら次代は源八郎で、また次は平八郎に戻り・・・

179: 人間七七四年 2007/12/29(土) 09:59:43 ID:MpBFSbKB
平八郎って、他に大塩と東郷も同じ名前だね。

  「ほんだへいはち」は別格だよ。名前の「ただかつ」忠勝というのが、

  戦場での基本方針のように思えてくるな。凄い名前だよ。ただひたすら勝つのみ。
  
  負けなしの名前だよ。

185: 人間七七四年 2008/02/06(水) 20:59:07 ID:33pW2LOG
忠勝の身長体重は
何処かの資料に載ってますか?

186: 人間七七四年 2008/02/06(水) 21:31:06 ID:fTJvRONF
>>185
俺も一時気になって調べたけどそれっぽいのは
ttp://www.ikedakai.com/jinmeijitenha5.html
に載ってた
(『想古録』)
太閤時代の名将は、何れも皆身の長高かりしと見ゆ、左計りの大男とも聞えざりし本多平八郎にてさへ、七尺八寸ぞありける(上田北洋)
位しか見つからなかった。しかもこの想古録って胡散臭い話のオンパレードらしい・・・
一番現実的な方法は、本人が使ってた鎧から計算する位じゃないかな~

187: 人間七七四年 2008/02/06(水) 21:39:33 ID:gNtc2uJE
桑名の忠勝像は妙にデカい。

188: 人間七七四年 2008/02/06(水) 22:26:29 ID:xO846wG7
本物の甲冑があるから可能なら見てくればいいんだよ
前に岡崎で四天王展やってて
フットワーク軽い腐女子っぽい人らのレポートがブログにあったが
(しかも2つか3つそういうブログがあったような・・・)
家康は当時の平均身長くらいの160弱なのに腹回りが凄いからでかく見えるらしいねw
康政は小さいんだってさ、忠勝直政は同じくらいなのかな?

189: 人間七七四年 2008/02/07(木) 21:28:28 ID:RRgcsj01
7尺8寸っていえば、230センチ異常じゃないかw

190: 人間七七四年 2008/02/07(木) 21:39:01 ID:gjWr9Ot/
>>189
あの頃の尺は地域・時代でころころ変わるから
ちなみに、四天王展は俺も見たけど、あくまで平均的な大きさ

191: 人間七七四年 2008/02/07(木) 22:00:48 ID:SLfxqSDS
>>190
どっちの時代の平均だい?
実身長とは関係ないんだろうが長篠合戦図とかで一人だけ異彩を放ってるよな忠勝って・・・

192: 人間七七四年 2008/02/07(木) 22:16:39 ID:gjWr9Ot/
>>191
当時の

195: 人間七七四年 2008/02/14(木) 21:12:39 ID:apkX1QLx
大多喜や桑名ではどんな政治をしたのかほとんど伝わってこないね。

196: 人間七七四年 2008/02/15(金) 00:04:10 ID:K9iwrV8S
桑名の地元民でも忠勝がいたなんてあんまり知らないし。
お隣で長島一向一揆もあって戦国武将を崇めることが嫌いな土地柄なんじゃないか?
三重で地元民に今も慕われている武将っていうと蒲生氏郷ぐらい。それも松坂限定だけど。

197: 人間七七四年 2008/02/15(金) 22:58:58 ID:i8Xr/aVN
大多喜についてはどこぞの宣教師が褒めてた記録が残ってたはず

289: 人間七七四年 2009/05/07(木) 22:47:23 ID:z9nstQo4
>>197
息子の忠朝のときに、メキシコの駐フィリピン長官のドン=ロドリゴってのが大多喜領内に漂着してきて、
そいつが当時の大多喜藩の様子なんかを書き残してる。
今年がその400年記念だっていって、地元じゃ盛り上げる様子。

256: 人間七七四年 2009/01/19(月) 01:41:12 ID:X+j/xHAs
蜻蛉切=人は無理だが蜻蛉ぐらいなら切れる
軽装=さっさと逃げるため
無傷=戦わないで逃げるから

こういう新解釈の元に小説家にヘタレ忠勝を描いて欲しい
采配はいいが喧嘩はめっぽう弱く、臆病な感じで
忠勝に視線を集めるには今までのような豪傑だけじゃダメ

257: 人間七七四年 2009/01/20(火) 00:26:16 ID:isspDHyr
しかしそれならばヘタレ武将が数万の軍勢相手に数百の軍勢で誘いにかかった
理由を考えないといけないな

ヘタレ武将ならば自分>主君の図式が成り立ってしまう

258: 人間七七四年 2009/01/30(金) 19:39:39 ID:W7boRjdR
>>257
逸話だろうけどそのときに秀吉が言ったといわれてる言葉はちょっと感動
徳川四天王でも信長・秀吉・家康の三傑から認められた唯一の人間だし
特に信長が褒めたことは特筆

259: 人間七七四年 2009/02/01(日) 17:23:14 ID:eVokYWVa
信長は結構徳川家の武将を褒めてる印象。
清洲同盟の時の植村家政、浅井攻めの時に来た援軍の水野勝成や松平信一、
長篠の時の内藤正成と、有名どころじゃないのを含めたらまだ出てくるから
信長は同盟相手に気を使ってると思う。

260: 人間七七四年 2009/02/02(月) 22:56:41 ID:Jxpiz3Vo
あの気性だから身内を褒めるのは嫌だったのかねえ
スレ違いになってしまうが酒井忠次は何も言われなかったのかな
鳶の巣奇襲で

261: 人間七七四年 2009/02/13(金) 15:41:06 ID:1FV3cPjs
平八は特に褒められたね。

270: 人間七七四年 2009/03/26(木) 11:54:36 ID:zC5fCdmt
家臣たちは、忠勝と一緒に戦うと「背中が鉄板で守られているような」安心感を持ったそうだよ。
一種のカリスマだったのかな。

312: 人間七七四年 2009/08/06(木) 19:29:09 ID:e9+hMxCy
家康に過ぎたるものだしねぇ

354: 人間七七四年 2010/01/21(木) 21:11:17 ID:g4we4JXZ
少部隊で戦略的な効果を上げられる人って印象