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1: 人間七七四年 2006/06/13(火) 17:59:51 ID:AAHrZFTJ
正信の次男坊、政重を語れ

2: 人間七七四年 2006/06/13(火) 18:00:40 ID:/R1fZrZR
これまた微妙な人物を・・・

4: 人間七七四年 2006/06/13(火) 22:20:14 ID:YzXC6yZ5
前田家の監視役の人?

5: 人間七七四年 2006/06/13(火) 22:41:55 ID:xozMGymP
幕府からの監視役とする小説よりも
渡り奉公人として描く作品の方に魅力を感じます。

7: 人間七七四年 2006/06/13(火) 23:33:50 ID:xozMGymP
某小説の作家さんはもう少し脚光を浴びてもいいような・・・。

8: 人間七七四年 2006/06/14(水) 02:49:12 ID:ye+YU1vt
>>7
基本的にどの作品も、ストーリーがこすい気がする>作家さん

13: 人間七七四年 2006/06/18(日) 14:13:49 ID:5NAtr8wX
正純「政重よ・・・加賀に謀反の兆しは有るか?」
政重「完全にブルってます!芳春院様もあの世へ逝かれますたし。」
正純「左様か・・・次は上杉を探れ!」
政重「おしゃ!」

16: 人間七七四年 2006/06/22(木) 23:13:59 ID:c4rwt249
正純と政重は対照的ですね。

17: 人間七七四年 2006/06/24(土) 22:39:26 ID:RRkh3DAO
豪邸に住んでたらしい。

20: 人間七七四年 2006/06/30(金) 21:43:47 ID:M4dBxHLD
親の七光り
幕末には主家の前田家より金持ってたらしいけどね。

21: 人間七七四年 2006/06/30(金) 22:29:02 ID:LofdehcG
ほんとに親の七光りなら、正信が死んで正純が失脚した時点で叩き出されていただろう。
対徳川渉外に関しては確かに有能だったのだと思う。
外様百万石を煽りも潰しもせず政権下で安定させた。

正信の一族みんな家康はともかく秀忠とは相性が悪かったともいう。
前田利常と家光の関係は良好だったんだよな。
どちらも相当濃いキャラだが。

51: 人間七七四年 2007/02/22(木) 15:03:04 ID:zndSepVD
政重は「正」重ではない理由は何だろう?
出奔したので、実家を憚って字を改めたのだろうか。

53: 人間七七四年 2007/02/22(木) 23:44:25 ID:V20I9YIi
>>51
多分最初に養子に入った倉橋氏の通字が「政」だと思う

22: 人間七七四年 2006/07/06(木) 16:04:14 ID:tf39Nwiy
正純とかなりの年齢差がある。
長男と次男なのに。

23: 人間七七四年 2006/07/06(木) 17:43:48 ID:zoWzVG7s
年齢差=正信の出奔期間。身重の妻を置いて謀反出奔て最低だよな。
父と叔父と弟が揃って主家に後ろ足で砂かけて出ていってるわけで、何気に正純は苦労人だ。

24: 人間七七四年 2006/07/07(金) 01:00:25 ID:EIdLUEx6
正信は徳川の謀臣として大往生。しかもちゃっかり菩提は西本願寺。
正重は一万石の大名になり政重は前田家の家老で五万石。

正純の人生悲惨杉。

25: 人間七七四年 2006/07/07(金) 10:17:27 ID:5/JAVxxU
釣り天井なんて仕掛けなければよかったのにな

26: 人間七七四年 2006/07/10(月) 11:08:10 ID:z438m1Hw
釣天井は存在していない
加納殿の恨み説が有力だけど、それだけじゃないな
土井利勝らとの共謀かな

27: 人間七七四年 2006/07/11(火) 13:58:19 ID:xDyB1UsF
関ヶ原で自軍を相手に押しまくっていた宇喜多軍の大将(の一人)が
自分の懐刀の息子だとわかった時の家康公はさぞかし複雑な思いだったでしょうね。

28: 人間七七四年 2006/07/11(火) 14:21:36 ID:4dpuw5or
家康に捕らえられたらどうなったかな・・・

現実には近江に隠れ、その後何故か引く手あまたで、福島家、前田家、上杉(直江)、前田と仕えるわけだけど

29: 人間七七四年 2006/07/12(水) 23:33:46 ID:TOfKt/Mw
一時期直江兼続の養子だったんだよね。
兼継には謙信と同じく実子が無かった。

30: 人間七七四年 2006/07/13(木) 14:01:24 ID:AHjEoA4W
いたよ

嫡男 平八景明 元和元年(1615)七月 数え二十二歳で没
冬の陣にも参陣してる

ちなみに政重の養子解消は、慶長十六年(1611)(人名事典では同十一年になってるが?)

31: 人間七七四年 2006/07/13(木) 14:49:01 ID:N3/s8FIi
娘もいたよ。つか政重は婿養子。
景勝が「勝」の字をやった相手って嫡男定勝と勝吉(政重)の他に誰か居たっけか。
「景」の字は謙信に引き続き家臣に与えているが藩主には継がれていないな。

32: 人間七七四年 2006/07/19(水) 19:31:53 ID:kmd/Tkpd
金沢に本多政重の甲冑が残っているが兼続が長谷堂城合戦で身につけた甲冑と瓜二つ。

36: 人間七七四年 2006/07/20(木) 21:00:22 ID:djycgZPs
>>32
そうなんだ
養子だからか

33: 人間七七四年 2006/07/20(木) 01:13:31 ID:lhwTTMVb
経歴的には凄い妙で面白い人物なのに、ゲームでは登場すら

37: 人間七七四年 2006/07/28(金) 00:15:22 ID:XmsMv43/
最初福島正則の家臣だったんだよね
前田に乗り換えて良かったね

38: 人間七七四年 2006/07/28(金) 13:44:36 ID:EB2FMAaw
正則が惚れ込んだが、結局馬があわず、二年程で前田へ
一回目の前田も二年程いただけで、直江の婿に

41: 人間七七四年 2006/09/13(水) 08:35:09 ID:yZtm2qTV
陪臣で五万石といえば徳川政権下最高の石高であろうに

このスレの廃れ具合はどうであろう

43: 人間七七四年 2006/09/20(水) 14:34:48 ID:J18Iud/F
>>41
立場的には
1万石の大名>5万石の陪臣
100石の幕臣>5万石の陪臣
だからね

政重にしてみればやはり外様の陪臣と言う立場はあまり面白い状況ではなかったと思う

42: 人間七七四年 2006/09/20(水) 11:29:07 ID:DwpULAPI
金沢には本多町とか本多の森とか本多の名前のついた地名が多くある
やはり本多ではこいつが勝ち組だな

44: 人間七七四年 2006/09/21(木) 00:02:54 ID:Um+/RCWN
加賀藩重臣八家にはなぜか長(元能登畠山家臣)も紛れ込んでいる
信長時代に降伏していつの間にか前田家臣団に組み込まれたらしい

ちなみに他の六家は
前田(長種)家 前田(土佐守直之)家 奥村本家 奥村支家 横山家 村井家
ばりばりの譜代だが、幕府に対抗して百万石を維持するには同郷同族ばかりじゃ不安でしょ

55: 人間七七四年 2007/04/05(木) 13:04:38 ID:QPJKQHUJ

大名としての本多家はご存知のとおり取り潰されて
しまいましたが、その後100年ほどの間は、行儀作法
の指南などをしながら家名を繋いできたと伝えられています。
宝暦年間に入って幕府帰参を許され、400石の旗本として
維新を迎えました。

64: 人間七七四年 2007/09/29(土) 17:06:37 ID:jZFY7f3z
安部龍太郎の 生きて候 読んだが結構面白かったぜよ

65: 人間七七四年 2007/10/10(水) 15:49:34 ID:fuDTfHy6
叛旗兵面白かったよ。ここでネタバレ見てから読んだが、そんなんどーでも
よくなるくらい面白かった。

66: 人間七七四年 2007/10/30(火) 13:48:32 ID:H5hnoblB
小説では正純と仲良くないけど 実際はどうなんだろう?

67: 人間七七四年 2007/11/13(火) 13:46:46 ID:SbqYkxVR
親父や兄貴との仲がしっくり行っていれば 
徳川に素直に仕えてると思うな。

68: 人間七七四年 2007/11/13(火) 15:40:26 ID:KSDc7HFc
仲の良し悪しは別にして、真田信之・信繁の所みたいに
兄弟別の家を建てればどちらかが残る可能性が高いから
別れたような気もする。

正信の遺言って、正純の迂闊な性格に釘を刺してるようにも
取れるから、敵を作ってきた自分の尻ぬぐいも含め、長男だけに
家を任せるのは不安があったんじゃないかな。

70: 人間七七四年 2007/11/29(木) 11:59:25 ID:Mm9eodJA
>>68
であれば 正信はやはり相当な策士。。

69: 人間七七四年 2007/11/13(火) 22:28:36 ID:Qwcrlymy
好き嫌いが激しくてマイルールでしか動かない奴らが
それぞれ好き勝手に動いてただけかも知らんよ>>正信正重正純政重

71: 人間七七四年 2007/12/13(木) 16:19:54 ID:8m1ZWlyN
>>69 正重と政重の叔父甥が特に奔放だな。

72: 人間七七四年 2007/12/16(日) 02:42:52 ID:6eR1e1fO
>>71
特に正重はあの蒲生氏郷相手にはっちゃけまくりだもんな。
あのおっさんの逸話読んだ時、笑ったもん。

76: 人間七七四年 2008/01/22(火) 15:20:00 ID:RbCXyuTK
お松さんが死ななければ加賀には行かなかったろうね

78: 人間七七四年 2008/02/07(木) 14:48:48 ID:RX8NBB+3
上杉ではいらない子でも、利長にとっては大切な人材だったんでしょかね?

79: 人間七七四年 2008/02/21(木) 15:22:27 ID:H+X1JPFM
長連龍の三万三千石を大きく上回る、五万石だからね

80: 人間七七四年 2008/03/06(木) 12:17:17 ID:sPUwLC0y
直江スレで農戒書の口述筆記したとか言われてたけれど
実際米沢ではなにしてたんだろうこのひと。
直江家の婿養子として入った以上個人の禄は貰ってないだろうし
徳川の息がかかっている奴に機密に関わるようなことにはかませたくないだろうし。

一、惣別御うしろくらき事いたすましく候、
  御父子様御為ニあしきやうなる事、
  存もよるましく候、覚悟たてあしき
  者ニ同心いたし、御まへかるしめ申ましく候事

一、人より合、大酒、よそありき、さへり口
   いたすましく候事

一、けんくわこうろん、あかりまちなる
  すいさんなるかくこ存間敷候、一すしニ無所在、
  喜平次様ヘ御奉公いたすへき事、
   若此旨少も偽ちかへ申ニおいてハ

これは上杉にのこっている本人による起請文案だそうですが
逆に言えばこれらのことが危ぶまれていたということでしょう。
それにしても二項目でかなりキャラがたってしまっているw

81: 人間七七四年 2008/03/24(月) 15:09:10 ID:ZvcuUJeq
本人は徳川とは縁もゆかりもないつもりだろうけどね。まわりはそう見ないわな。

92: 人間七七四年 2008/06/28(土) 17:41:27 ID:fkGTeRXY
>>81
直江だって自身の養子に迎えたのはそういう縁を重視したからだしね。
ただ、この両者は交流が深いんだよね。たしか政重の甲冑は直江が
最上陣の時に着用した具足に似ているというし

82: 人間七七四年 2008/04/07(月) 15:54:46 ID:55ZRQph1
直系で現代まで続いているのは立派だね。

83: 人間七七四年 2008/04/22(火) 16:08:02 ID:FLzIkM2o
当初は加賀七家だね。村井家は元禄になった八家に数えられるようになったのね。

85: 人間七七四年 2008/05/22(木) 16:00:36 ID:HKg3Dnp0
なんだかんだと言っても有能だから どこでも厚遇されたんだよ。

86: 人間七七四年 2008/06/06(金) 14:08:19 ID:YxvRqzyF
それはもちろんそうだけど、何かありそうな気も
徳川内通とかはないか

87: 人間七七四年 2008/06/11(水) 22:36:17 ID:3PC9K4Db
何処行っても徳川の役には立ってない気が。

93: 人間七七四年 2008/07/12(土) 13:51:48 ID:rNzPuzV9
加賀の行ってからも直江と政重とは交流あったんでしょ。

94: 人間七七四年 2008/07/13(日) 21:01:36 ID:d+wJD5+b
上杉家の文書には結構名前が出てくるね
「安房守も元気だそうでなによりだ」とか、消息程度だけれど。

大坂役に臨んだ政重の心中もなかなか興味深い
すぐご挨拶できる範囲に兼続も正純もいて
囲んでいる城にはかつての戦友明石掃部がいて
主君利常にとって敵の頭は同じ名護屋陣で仕込まれた乳兄弟で義兄弟
政重は真田に散々やられ、
宇喜多の叛臣坂崎直盛は人生を踏み外し
なぜかそれを正純が柄にもなくかばって賞賛される。

98: 人間七七四年 2008/09/04(木) 00:15:16 ID:yGJTEAaa
>>94
無双っぽい妄想だけどさ
もし戦場で政重と明石掃部が遭遇してたら、説得できたかな。
前田家は高山右近を食客にしてた実績もあるし、豪姫も居て宇喜多家との縁が深い。
浪人多いし石高も十分にあるし居心地は悪くないと思うんだが、やっぱ棄教しないと無理かな。

96: 人間七七四年 2008/08/11(月) 15:13:36 ID:QcK6TKld
うまく立ち回ったよね

97: 人間七七四年 2008/08/26(火) 15:34:54 ID:66OQUtps
実力があんでしょ。

126: 人間七七四年 2009/03/02(月) 18:11:40 ID:pbnnkzTS
米沢で政重は鉄砲術をたいそう自慢してたらしい。
おまけにけんか・口論。若いのもあるけど荒っぽい
キャラだったのかもね。前田家でも細かいことは不
向きということにされてるし。

127: 人間七七四年 2009/03/13(金) 14:11:46 ID:poc0z7fh
兄貴や親父とは違って どちらかというと武人タイプだ。

193: 人間七七四年 2010/02/12(金) 11:06:59 ID:h/r2A6Z9
すでに前田家の筆頭家老だったのに、景勝と兼続が家康の見舞いをできるように兄の正純に
取り計らったり(「ありがとう。駿府滞在中に会って積もる話をしたい」という兼続書状が
残る)、景勝やお船が亡くなった時には弔意を表したりと上杉との関係はずっといいんだよな。

194: 人間七七四年 2010/03/14(日) 01:48:58 ID:UQeUvAUE
いい話だ(´∀`)

197: 人間七七四年 2011/03/10(木) 11:44:20.35 ID:KJ6HKLUo
宇喜多にいた頃は正木左兵衛って名乗ってたらしいね

201: 人間七七四年 2011/06/11(土) 08:53:12.99 ID:AzqrH8NT
宇喜多家で本当に何万石ももらっていたのだろうか。
福島とか前田(1回目)とかも。そのあとの上杉家でも1万石だし。

205: 人間七七四年 2012/01/17(火) 17:21:31.42 ID:AiQGXlmk
>>201
明石全登よりは少ないだろうけど、
宇喜多騒動で前線指揮官が抜けた状況下だから結構もらってたりして。

202: 人間七七四年 2011/06/11(土) 15:12:19.84 ID:flBJ9Q5q
本人にスパイする気は無かっただろうが周りがコネ目的にスカウトした

207: 人間七七四年 2012/01/28(土) 01:43:15.89 ID:3hD+lZsV
例えは変かもしれんが天下りみたいなもんで有力者へのパイプという意味もありそうだから
実績や年齢を考慮されずにそれなりの禄を貰ってたとかじゃねぇの?

209: 人間七七四年 2012/02/27(月) 20:25:03.86 ID:U7dyCFMx
親父や叔父貴が出奔してふらふらしてたのもそのくらいの年頃じゃね

212: 人間七七四年 2014/02/23(日) 13:04:44.12 ID:ORXPSl6W
本多正信の子孫で一番繁栄したのは政重系

218: 人間七七四年 2017/12/01(金) 21:47:03.98 ID:9rLniYyU
5万石は御三家付家老よりすごい

1111: 
過ぎたるは及ばざるが如し1600/10/21(水) 00:00:00.00 ID:rekichiho  



引用元;
http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/sengoku/1150189191/